18.極地探検隊を救出せよ! 前編
事故、火災、災害がないときはもっぱら訓練に明け暮れる太助たち。
世界中を周回している宮殿ルーミスだが、24時間ひっきりなしにどこかでなにか起きている、というわけでもない。何しろこの世界、まだ文明がある全種族ひっくるめて八億人ぐらいしか人口がいないのである。
地球でも推定だが1800年で全世界の人口は十憶人程度であった。それに加え科学、工業が未発達なこの世界、大事故、大災害になるほど大きいイベント、大きい構造物、大きい建築物がまだ少なかったということもある。
また、医術、救急が未発達なこの世界では、太助たち救助隊が駆け付ければ救命できるという状況が案外少ない。残念だが、事故が起こった時にはもう人が死んでいるということがほとんどなのだ。
まあ何を救助するかは、ルミテスが勝手な判断で好きなように厳選しているということである。毎日あるのは家屋の消火など、もうルーチンワークみたいなもので日常業務だ。
「テレビの国際救助隊だって、面白くない救助はやってなかったしな……。何百人も一気に救助する話もなかったし」
それを言っちゃあおしまいだと思いなおして、苦笑もする太助である。
そんな太助の楽しみは、パレスの庭園から下界を眺めること。
大きな街があったり、雄大な自然の風景が見ていて飽きない。ハッコツも同じようで、よく付き合ってくれ、「あれはなんだ?」とか二人でよく観察している。万一の場合の状況把握に、あらかじめ見覚えのある地形ってのを増やしておくのも救助活動のためだ、とかなんとか言い訳しながらも、楽しい時間だ。
宇宙飛行士だって窓から見える地球がなによりも楽しみだった。あれと同じなんだろう。ちなみにパレスは認識阻害のカモフラージュがかかっていて、地上の人間には上空を横切るその姿が見えないようになっている。
だがここ数日、その風景が変わっていることに二人は気が付いた。
眼下の風景が一面の白い大地になっているときがある。
ちょっと指令室に行ってみると、モニターパネルの軌道周回コースが変わっていた。災害監視員のマリーにどういうことか聞いてみる。
「……マリー、パレスの軌道変わった?」
「軌道は毎日少しずつずれるようになってますけど」
まあ監視衛星と同じである。できるだけ広い範囲をカバーすべくそうなっているが、そのコースが極地を周回するように変わっているのだ。
人などいるわけがない北極、南極なんてのは見回りコースから外れていたはずなのだが。
「今極地探検隊が、南極点目指して踏破中なんです。成功すれば人類初の南極点到達になるらしくて」
「お前そんなもんのためにコース変えるなよ!」
「いや、わたくしじゃなくて、ルミテス様が……」
「いざとなったら救助するために?」
「いえ、単にファンなんだと思います。毎日様子を見ては喜んだり、応援したりしていますから……」
「うーん。ほっとけばいいような気もするけどなあ……」
太助は、正直に言うとこういう登山家、冒険家のたぐいがあんまり好きではない。
遭難したら自分たちが動かなければいけなくなるに決まっているからだ。これはもう登山家の人読んでたらごめんなさいと言うしかないのだが。
ま、前人未到の地に挑むとなればそれも話は別だろう。それこそが世界中に人類、文明が発達してきた原動力だったはずであり、そんな人間たちは最初からレスキューなどに期待しているわけがないのだから。
「おうっ! 今日はどこまで進んだかの!」
ウキウキのルミテスが指令室に入ってきた。モニターパネルを見て確認し、「アルンゼン隊一歩リードじゃの! その調子じゃ!」と言って喜び、壁に張った南極大陸の地図にピンを指す。
「女神さんさあ……。コース変えてまで監視することこれ? 使い魔に見はらせりゃいいんじゃないの?」
「何を言っておる。南極大陸に生き物がおるわけないわ。虫の一匹も菌さえもおらぬのじゃぞ?」
「ペンギンとか白熊とか」
「よう考えてみい。どっちも魚とアザラシを食っておるから海岸線にしかおらん。内陸部は直接パレスのモニターカメラで監視する以外の方法がないんじゃ」
ああ、そうですか……。そのためにパレスの軌道まで変えてですか……。これで何パーセントぐらいの地域見逃しが出るのか太助にはわからないが、肩をすくめてあきらめた。
ふと疑問に思う太助。
「一歩リードって?」
「ナーロッパの北にナルウェーという小国があってのう、そこのチームが今先行しておるアルンゼン隊じゃの。それに対し、工業、鉄鋼業が盛んな大国イグルスのスコップ隊が追走しておる。どっちが先に南極点に到達するか競争になっておるんじゃ!」
どうやら二か国のチームが競って南極点の初到達を目指しているらしい。
「……ルミテス様はアルンゼン推しと」
「当然じゃ。ナーロッパの北、ナルウェーで北方民族とも交流を持ち、犬ぞりをメインにして資金も大したことない小国からの出発じゃからの。それに対しスコップ隊は大国をバックにして資金は豊富、準備にも十分な期間をかけ、大人数と馬や豊富な物資を投入した大掛かりなチームなのじゃ。南極にはすぐ近くにイグルス領のオーリア大陸がありバックアップも万全じゃし」
「そりゃアルンゼン、ひいきにもしたくなるか」
「何が科学と理論じゃ。理屈だけこねまわして極限の状態でそんなもんあてになるかの。おぬしだってそう思うじゃろ?」
それには太助も賛成だ。救助活動は極限状態での仕事。どんなに優秀な装備があっても、最後に物を言うのは人力。生きて帰るには根性だけが頼りなんだから。
「ま、楽しみにしておれ。ほれスコップ隊を見よ。頼りの雪上車は全く動かず、馬は次々に倒れ、極地をなめ切っておった報いじゃ。どこであきらめて引き返すか見ものじゃのう――――!」
……これ結局俺が救助することになるんじゃねえの? そんな嫌な予感が頭をよぎる太助。
「……どう思う?」とハッコツに聞く。
「はて、私は寒さは別に平気ですがな。氷漬けになっても春になってから掘り出していただければよいですし」
そこ? 心配するとこそこなの? そんな目にあったことあんの? と太助は頭が痛くなった。
まあアイスマンみたいに五千年前の死体のミイラが氷河が解けて出てきて、起き上がったらそりゃみんなびっくりするだろうなあとは思ったが。
「ま、準備と訓練はしっかりやっとこう。ルミテスにも言っとくわ」
一週間が過ぎ、農村の火災や亜人種の村などの火災消火の日常業務をこなしている太助とハッコツにまた非常ベルからの呼び出し。
ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリ~~というベルの音に指令室に駆けこむと、ルミテスがナルウェーの国旗を振り回し、紙吹雪を散らかして踊っていた。
おいそれ誰が掃除すると思ってんだ……と。マリーはもう箒を抱えている。
「やった――――! でかした! アルンゼン隊、南極点に一番乗りじゃ――――!」と文字通り狂喜乱舞。
「ルミテス様って、もしかしてナルウェー出身?」
「んなわけないわの。わちは神界からの派遣女神じゃし」
派遣だったんですかルミテス様……。神界ってどんな組織か聞いてみたい。
「おめでとうございます!」
調子いいマリー。拍手している。
「ありがとう、ありがとうなのじゃ!」
お前のことじゃねーだろと思いながらも太助も拍手してやった。
「南極点に立てられたナルウェー国旗、それを見てさぞかしスコップは悔しがるであろうのう! ざまあじゃ――――!」
「だな、お気の毒だ」
さぞかしつらい帰投になるだろう。太助はスコップ隊に同情した。
「で、それだけ? なんかあった? 救助は?」
「それだけじゃ」
「はいはい」
しかし、この騒ぎはもちろん、後に急転することになる。
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次回「19.極地探検隊を救出せよ! 後編」




