17.沈没船を救え!
ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリ~~!!
非常ベルが鳴る。出動の合図だ。
昼飯時だったのだが、全員指令室に急行である。
「何があった!?」
一番に飛び込んだ太助だったが、そこには新人の災害監視員、マリーがパネルを指さしてあわてていた。
「漁船が一艘、嵐に巻き込まれて沈没寸前なんですの!」
「……よく探し出したなそんなの」
地上だけでも大変なのに、海まで範囲に含めるととんでもない監視範囲になる。
「まあそれだけこの災害感知システムが優秀ということじゃな。マリーのやることと言えば非常ベルを押すだけだしの」
ゆるゆるとルミテスが入室してきた。すでにハッコツとベルも到着している。オレンジスライムのスラちゃんはころんころんと転がりながらルミテスについてきていた。
「さてどうするかのうー……」
大波に揉まれて沈没寸前のボロい漁船にさすがにルミテスも思案顔だ。
「いやいやいや、さすがにこれ消防士の仕事じゃないから。海上保安庁か海上自衛隊の仕事だよ。こんなの救助するノウハウないし……」
いくらなんでも太助にも無理なことはある。
「そんな組織この世界にはないわ」
わかってることだが、こうなってはさすがに救助のしようがない。海上保安庁だって嵐の中ヘリを飛ばしたりはさすがにしないのだから。
「位置情報!」
太助の命令でマリーがパネルを操作し、球体の3D映像がフロアに浮かぶ。この星リウルスの地球儀だ。
「反対側か……今から急行しても三時間かかるのう……」
リウルスを周回するこの異世界救助隊秘密基地、宮殿は日に四周、この星を回っている。一周六時間。反対側となると最短で三時間かかるわけだ。
「漁船員は何人じゃ?」
「三名と思われますわ」
「……よし、急行する。ベル、進路をこの海に向けよ」
ルミテスは決断した。
「どうやって救助すんだよ!」
「三時間たてば嵐も少しは収まる。三時間あるんじゃ。その間に救助方法を立案し、特訓せよ」
「その間にこいつら海に投げ出されて死んだら?」
太助も無慈悲なことを言うが、専門外なんだから仕方がない。
「それでも良い。マリー、他の地域の監視も怠るな。三人以上の被害が出そうな災害事故があったらそちらを優先。それまではこの海に急行じゃ。さ、動け!」
ルミテスも無慈悲と言えば無慈悲である……。
「まず空中から人間を吊り下げられるものが欲しい。要するにヘリコプター」
「そりゃなんですかな?」
ハッコツが知るわけない。竜笛を吹いてすでにドラちゃんが待機済み。
「ドラちゃんにも協力してもらうことになるんだけど……、俺を縛ってロープで吊り下げる……なんてことはできないだろうか」
「はあ? 太助殿、そんな趣味があるんですかな?」
これにはハッコツも驚いた。
「違う違う違うって! いや、そういう救助方法があんの! ホイスト救助っていうんだけど」
「ふーむ……」
「それでビルなんかの屋上からの救助、水害で浸水家屋からの救助、山岳で足場が確保できない場所からの救助ができんの! 使い道は何通りもあるよ」
「太助殿が要救助者を抱えるのですかな?」
「そうなるよな……。お前に今頼んでもすぐにできるようにならんし」
「太助殿はできるのですかな?」
「ロープでの吊り下げ救助、訓練はやったことある。はしご車からでヘリじゃないけど」
「なんでもやったことあるんですなあ……」
消防学校で、ダミー人形相手だったのだが。
自分で言い出しておいて、なんとも前途多難な話である。考えてみれば自分の命のほうがずっと危ない作業になるなあと。ヘリからのホイスト作業なんてハイパーレスキューのエリートぐらいしかマスターしてない。消防士になりたてだった自分にできるのか。言い出したことを太助はちょっと後悔した。
とにかくまず自分を縛り付けるロープワークだ。
すでにハッコツと一緒に何回もやっているが、ロープを上ったり下りたりするのに必要な腰回りを縛るラペルシートを作り、装着。バランスについては確認済み。
「ハッコツ、スラちゃんとマリー呼んできてくれ」
ドラちゃんの鞍にもロープを縛り、「俺をぶら下げて要救助者の上にできるだけホバリングする。わかる? できそう?」と聞いてみる。
ドラちゃんはいやいやそうなのだが、それでもやってくれないことはないみたいだ。
ぽよんぽよんと弾みながらスラちゃんが、ぽよんぽよんと胸を躍らせてマリーが庭園に駆けてきた。
「太助様! わたくしになにか御用ですか!」
「悪いけど要救助者の役やって」
庭園の石畳に大型の訓練用マットレスを敷いて準備する。
「わ、わたくしがですか!?」
驚くマリーにうなずく太助。
「人がいないんだよ。ハッコツは軽すぎるし、ベルは小さすぎるし、ルミテスは論外だし。抱きかかえるちょうどいい重さが必要」
「やりますやりますやりますわ!! やってやってやってくださいませ!」
「抱きかかえる」に超反応するマリー。エロいことと勘違いしている。
「よーし、じゃあそこに寝転がって!」
「はいっ!」
嬉しそうにマットレスに寝転ぶマリー。せっかくあつらえてもらったミニのタイトスカートの制服が汚れるのもいとわずに、両手を伸ばして目を閉じ、唇をつきだして「いらして」のポーズ。
「そうじゃねえ! うつぶせに!」
注文が厳しい。仕方なくごろんと半回転しうつぶせになるマリー。
「ドラちゃん上昇! スラちゃん、エアバッグ!」
ぶわっさぶわっさと少しずつ高度を上げるドラちゃん。最大翼長12メートル。飛行機で言うとゼロ戦ぐらいの大きさだ。
スラちゃんは太助の命を聞いて、きゅうううう――――と息を吸い込み急激に膨れてゆく。
当然ながらドラちゃんが羽ばたくたびにぶら下げられた太助は激しく上下に揺さぶられる。ヘリコプターみたいな微動しない空中固定ができないのだ。何度も地面に下向きの水平姿勢で叩きつけられて、ようやく上空に持ち上がった。
「いてえいてえいてえ! ドラちゃんもう少し何とかならん?」
無理言っても仕方がない。まず現場に最少人数を乗せて最大速度で急行することを目的とするいわば、「一号」のシルバーワイバーンのドラちゃん。「二号」のような強力なペイロード可搬能力はない。
それでもじわじわ、うつぶせに寝たマリーに近づいていく。
すかっ。
外れ。
すかっ。
外れ。
振り子のように揺れに揺れ、どうしてもマリーを抱きかかえることができない。
「ドラちゃん! 俺をまっすぐに振るんだ!」
揺れる方向を一直線に、それなら多少狙いができる。
ぶんっとロープが振られ、マリーを強引に抱きかかえる。
「あはんっ」
ずざざざざ――――っ!
マリーの色っぽい喘ぎ声に思わず手が抜けてマリーを転がしてしまった。
マリーは「きゃんっ」とか叫んでそのまんま気絶。
「大丈夫ですかなマリー殿!」
ハッコツが駆け寄るが、太助は「ちょうどいい! そのまんまだそのまんま!」と叫んで手で制した。要救助者が意識がないなんて当然ありうること。訓練のリアルさが増したというものではあるが、太助もいいかげん無慈悲である……。
周囲は雲が黒くなり、バリアに覆われたパレスの周囲では風も吹き出した。現場が近い。もう時間がない。
「最後のチャンスだ! すり抜けながらかっさらうぞ!」
パズーだってぶっつけ本番一発で決めたのだ。やるしかないと太助は心に決めて集中する。
一度高度を上げて、羽ばたかず、翼を立ててエアブレーキにしながらドラちゃんは倒れたマリーに接近。すり抜ける瞬間にマリーを力いっぱい抱きしめた!
ぐんっ。そのままロープに引っ張られ、ドラちゃんの激しいはばたきの上下動に手を放すわけにもいかず抱きしめ続ける。
「ドラちゃんエアバッグの上に!」
旋回したドラちゃん、スラちゃんが膨らんだエアバッグの上をゆっくり横切る。
そこで太助は手を放し、マリーをエアバッグの上に落とした。
ぼふんっ。無事救助終了。
「できた――――!」
着地寸前までドラちゃんに降下してもらい、足がつくと同時にカラビナをはずしてたたたっ、と地面を走って止まる。
「やあマリー、気分は?」
ハッコツに手を取ってもらって、ぷしゅーと縮むスラちゃんのエアバッグから降りるマリー。
「最悪ですわ。ひどいです太助様……」と恨み言を言ってよよよと泣き崩れる。
「それぐらいの擦り傷、神泉風呂に入ればすぐ治るだろ……。訓練へのご協力、感謝いたします! お疲れさまでした!」
「言うことはそれだけですの――――!!」
敬礼する太助にぽかぽかと殴りかかるマリーであった。
現場到着。すぐに周囲を捜索する。
もう雨は降っていないが風はまだ強く、波が高い。多くの船の残骸が浮かんでいる。この時代船は木造船だから遭難場所の特定はむしろ容易だった。
「沈んだ後か……。出遅れたな」
ドラちゃんの上で周囲を探る。木のきれっぱしにしがみついてなんとか生きている乗員を発見し、まずスラちゃんを投下。
ぽちゃんと海に落ちてからスラちゃんは海上で膨れ上がり、平たくなって巨大なゴムボートになってくれる。
それから三名を次々にすくい上げて、スラちゃんボートに放り投げる。
「ありがとうありがとう! もうダメかと思った!」
乗員三名は何度も礼を言い、太助の手を握りしめた。
「失礼、まだ捜索は終わってないので」
太助はドラちゃんに頼んで、引き続き海上の捜索を続ける。
「いた!」
太助が叫んで、指さした先には、乗員の弁当箱か、藤のバスケットに乗って波間に揺れる一匹のネズミの姿があった。この海難事故を知らせてくれた災害監視員の使い魔だ。本人は自分が目で見た映像がそのまんまパレスの救助隊基地指令室に送られてるなんて、知っているのか知らんのか……。
「よくやったぞ! 任務ご苦労様!」
バスケットを拾い上げて、太助はほっとした。人間だけ助けて、こいつは見殺しってわけにはいくらなんでもいかねーよと、責任が果たせて安堵した。
スラちゃんのゴムボートは四人が乗れるサイズにまでうまいこと小さくなり、太助はパレスから陸地に向けて放たれるレーザー照射を目標にしてゴムボートを走らせる。推進力は、いつもドラちゃんの鞍に常備している放水くんだ。ノズルを海面に沈めて放水すると、けっこうなスピードで推進力になってくれる。風も収まってきて波も小さくなってきた。
数時間で嵐の後で人気がないさびれた漁村の海岸に到着。
「さあ降りた降りた」
スラちゃんのゴムボートから三人を降ろした。
それから、世話になったネズミも、そっと砂浜に放してやる。
ネズミはひゅんひゅんと砂浜を駆けた後、ちょっと振り向いた。
太助が敬礼すると、ネズミは少し頭を下げて、そのまま村に向って走り出す。
「いったいあんた……」
「異世界救助隊の者です。なにかありましたらまた駆け付けますのでよろしく!」
救助できた漁船員に敬礼して、太助はバスケットボール大に戻ったスラちゃんを抱き上げ、撫でまわして「ごくろうさま」と声をかけ、「ドラちゃんも。助かったよ!」と着地したドラちゃんに跨って、パレスに帰還するため離陸した。
「……やっぱり二号が欲しいなあ……」
一仕事終えて、あの巨大な緑のやつが、なんとなく頭に浮かんだ太助だった。
五号がパレスかな。一号がドラちゃんか。この世界の人間、まだ宇宙に飛び出していないから三号はまだまだ不要。四号ぐらいなら頼めば用意してくれそう。
太助の妄想はどんどん膨らんでいくのであった。
次回「18.極地探検隊を救出せよ! 前編」




