16.地雷女を救助せよ!
「うーん……、おぬし、これ、どうすべきだと思う?」
緊急ではないのか、非常ベルが鳴らされたわけでもなく庭園でハッコツと救助訓練中にルミテスに指令室へ呼び出された。
今日の訓練は壁の上り降りだ。パレスのベランダからロープを垂らして、そこからラペリングで降りる。それから今度は逆にロープ登頂、ロープ一本を伝わって上る。昇降両方できないと消防士としてはやっていけない。
太助はまあまあこれは得意なのだが、それ以上なのがハッコツだ。なにしろ骨しかないからとにかく体重が軽い。筋肉がついてないのに人並みに力があり、それでいて体重が装備込みで20キロぐらいしかないのだからするすると上り下りをこなす。コイツ死なないっていうかもう死んでるし、息もしなくてもいいし、案外消防士として最強じゃねえの? と舌を巻く。
そんなことを二人でやっているときに妖精のベルに呼び出されて今指令室にいる。ルミテスが指さすパネルを見ると、なんか荒れ果てた荒野に、馬車で女が屈強な重装備の男どもに連れてこられて、放り出されたそうだ。女はもちろんギャーギャーとわめいていた。
男たちはそれを無視してさっさと馬車を引き返し、今その女はなんにもない荒野に独りぼっち。と、そこまでが先日までの観察報告の録画。
この映像、というか航空カメラはどうやら荒野のハゲタカ災害監視員らしい。そんな奴に頼むなよ……明らかに狙ってんじゃねーかと思う。
で、今、女は力尽きて倒れているところ。水も食料もなしでこんなところに放り出されたら何の支援もなしだと人間は72時間で簡単に死亡する。
「そりゃ助けるだろ!」と太助は焦った顔になるのだが、ルミテスは無表情だ。
「あのなあおぬし、この世界行き倒れなどそこら中にあるわ。別に珍しいことではないのじゃぞ? そんな奴らをいちいち助けておったらキリがないわ」
「だったらなんでそれを俺に報告するの……」
ルミテスの意図が分からない。
「助けてどうするのじゃ? この者は衛兵に放り出された。何らかの罪人であり処罰であろう。こいつを助けることが人間のためになるのかのう?」
さすが女神。罪人には厳しく容赦がない。天国と地獄の役目を担う神らしい考えなのかもしれない。犯罪者は救助対象じゃないのである。
「……ちょっと助けて、話だけでも聞いてみるのはどう?」
「と、いうわけでの。これおぬしが判断せよ。任せた」
「おい!」
ルミテスはそれだけ言うとさっさと指令室を出て行ってしまった。
「クッソ――――! なんだかわけわかんねえけど、見過ごせるわけねーじゃねーか!」
仕方ないというように太助は指令室の壁にかかっていた竜笛を持ち出し、オレンジの作業着のままヘルメットをかぶり、庭園に走り出して笛を吹いてシルバーワイバーンのドラちゃんを呼び出した。
目的地の荒野の上空を旋回。女を発見した太助は着地したドラちゃんから飛び降りて女に駆け寄る。
「おいっ! 大丈夫か!」
女……少女はぐったりしていながらも目を開けた。
ボロボロではあるがブラウンの髪が縦ロールにリボン、瞳は青で、赤く日焼けしてしまったが白い肌で、豪勢なドレスのスカートとどこかの貴族令嬢風の姿であった。
「あ……あなたは……」
「異世界救助隊の者です! 倒れているのを発見し救助に来ました。お住まいはどちらですか? お近くの医者に緊急搬送します」
そう伝えると女は泣き顔になる。もう乾いているのか涙も出てこない。
「帰れない……。わたくしはもう帰れないのです……。ここで死ぬしか……」
「アホ言うな! だったらパレスに連れてくぞ!」
ドラちゃんはもう完全に「また変なの連れていくのか」という感じでジト目である。やれやれと首を振って、太助が担いできた女を鞍に乗せて安全ベルトで縛り上げても、もうあきらめたのか、逆らいもしない。
「よし! ドラちゃんパレスに帰還!」
こういう荒野に放っておかれた人間の救命活動など経験のない太助。まずは水分を取らせ、点滴による脱水症状の緩和と栄養補給と行きたいところだが、そんなことはやってくれないパレスではアレを使うしかない。
つまり、神泉の大浴場に放り込んで湯につけること。
ドレスのまんま身を浸させ、厨房の冷蔵庫からスポーツドリンク系の瓶をもってきて飲ませる。現場で何度も飲んだが、疲労栄養回復効果もだいぶあるドリンクだ。疲れた体でも無理やり仕事を続けさせるために、興奮剤とか覚せい剤とか入ってないよなと思っていたのは内緒。
ベルにも無理言って空き部屋をもらい、一人でやるのも何なのでハッコツと一緒に服を脱がせて体を拭いて、病院に入院するときに着せるような検診衣に着替えさせ、担架で運んで寝かせる。
「元気ですな」
「やかましいわ」
女の生の裸にいろいろ反応しちゃったのは黙っていてもらいたい。ハッコツはこれでなかなか紳士で、ち〇こも無いから性欲を感じないらしく女の裸にあたふたすることがない。
その後も別の火災現場に出動しなけりゃならなくて、結局食事の世話や入浴治療の続きはベルにまかせっきりで、翌日。
「話ができるようになった」ということで部屋を訪れた。
さすが神泉、万病によく効く大した効用である。
「ああ、お助け下さいましてありがとうございます。太助様」
「あ、ああ……」
回復してベッドから身を起してみるとこれがめたらやったら美少女である。
「わたくしはイタルア公国、公爵フェラリーの娘、マリー・ストーク・フェラリーと申します。この度は命が危ないところを救っていただいて感謝いたしますわ」
服装から予想はしていたが、やっぱりいいところのお嬢様だった。着替えさせるとき生で拝見させてもらったがお胸もすごいし、ウエストが細いのにおしりも立派でいい足してた。縦ロールは解けてウエーブの薄いブラウンヘアーになっている。
「話を聞いてみたくてね……、その、なんであんなところに放り出されてたの?」
「ううっ……」
よっぽど何かあったのか、少女は嗚咽を漏らして顔を伏せ泣き始める。
「わたくし、婚約破棄されてしまったのです……。イタルア公国第一王子、フィリップ・イーケメン・ドストライク様に……」
うえっ。悪役令嬢の婚約破棄キタコレ――――!
太助はいい年したお袋がこれにはまってたのを思い出した。あるんだ実際にそういうこと……と早くも太助の脳裏には暗雲が立ち込め始めている。
「ひどいと思いません? わたくしという婚約者がありながら、公然と浮気して、あんな男爵家の養子の泥棒猫にうつつを抜かして、わたくしを公の場の卒業パーティーで国王陛下も臨席されている中、いきなり断罪して、処罰だとか言ってあんなところに放り出すなんて!」
「そ、そ、そりゃあ大変だったね……」
太助は母親に読め読めと言われて悪役令嬢物を読まされて、で、ヒロインがイケメンの王子様に見初められてハッピーエンドってのがどうも気に入らなく、「男は顔かよ――――!」って母親に怒鳴り返したことがある。
「あんたもいい加減彼女でも作って、嫁を貰うならこういう娘にして、『真実の愛』を見つけなさい!」って言われて、「怖いわ! こんな婚約者もちゃんといる男につきまとって、気を引いて、婚約者から横取りして、完っ全に確信犯の泥棒猫じゃねーか! こえーよこの女!」って言い返した覚えがある。
「俺にこんな浮気者の王子みたいな男になれってのかよ――――!」って怒鳴り、「かーちゃんこんな顔だけかわいくて図々しくて空気読めなくてド天然なふりしてドジっ子で迷惑ばっかりかけて人の足引っ張る女が俺の嫁でいいんかいっ!」って追い打ちをかけたらなんと言ったか。
「あーあーあー、そんなんだから年齢イコール彼女いない歴なんだよアンタは!」って怒られて。
「あんたもこの王子ぐらいイケメンだったらモテたのに……」と泣かれてしまった。いや俺とーちゃんとかーちゃんの子だからね。イケメンじゃないからってそれ俺のせいじゃないからねとかいろいろイやな思い出がよみがえった。
そうしてケンカしたまま現場に出て死んじゃったんだよな俺……。ごめんよかーちゃん、なんてことまで一瞬で回想した。
「そりゃあわたくしだって悪うございましたよ! あの泥棒猫に、王子に近寄るなって注意して、目上の方にむやみに話しかけてはいけない、ちゃんと敬称をつけなさいとか、わたくしが婚約者なのだと説明したり」
そりゃそうだ、当然の措置だとうんうんと太助はうなずく。
「ご友人にも頼んで王子に近づいてくるたびに、注意したり、邪魔させたり」
うんうん……。
「背中に『私は元平民です』って紙を張って、ご学友の皆様にも注意喚起するようにしたり、お茶会にわざと誰も誘わないようにしてやったり、足を引っかけて転ばせたり……」
うん?
「教科書をびりびりに破いてやったり、パーティードレスにはさみを入れてバラバラにして出席できないようにしてやったり、校舎の上からバケツで水をかけてやったり、手の者を使って24時間監視させたり……」
えええ?
「噴水に突き落としてびしょびしょにしてやったり、でもいつもいつも都合よくあの、おクソな王子が出てきて、泣く泥棒猫を慰めて面倒を見るんですのよ? そしてどんどん仲良くなって、腹が立つったらありませんでしたわ!」
うわ――――!
「腹ただしいのはそれだけじゃありませんわ! そのたびに大臣子息のツーンデレ様とか、騎士隊長子息のヤンチャー様とか、伯爵子息のナルシース様とか、学年一位の成績のガーリベン君に学年教師のクルクール様までみんなとりまきにしてわたくしを一緒に糾弾してくるんです!」
完っ全にあんた悪役令嬢じゃん……。ここまでのテンプレ、かーちゃんの少女小説でもなかなか見られないよ? って感じで太助は顔を片手で覆って、天を仰いだ。
「しまいにはわたくしが階段から泥棒猫を突き落としたって! それで傷害、殺人未遂だって! 証拠なんかなんにもないのに、誰にも見られていなかったのに、『彼女の涙がその証拠だ!』って国王陛下の……、全校生徒の前で断罪されて、すぐに衛兵に逮捕されて、ろくな捜査も裁判もなしで、いきなり……。ひどいと思いません?!」
ヤンデレだ、ドSだ。ストーカーだ、サイコパスだ。
うっわあすっげえ地雷女拾っちゃった……と太助は後悔した。
うううううう、うわーんと号泣する公爵令嬢。どうしたもんか。
「……とにかく、回復されたならお宅までお送りしますから……」
「無理ですわ。わたくし、お父様にも絶縁されてしまって。『どこにでも行け、二度と顔を見せるな!』って叱られて追い出されてしまって」
「お父さんひどいな! こんな処罰した国王陛下もひどいよね……」
「わたくしの顔も見ずに『連れていけ!』ですもの。もうあんな国に戻りたくなんかありませんわ……。行き場がないんですのわたくし……」
うううううう。ルミテスの言うことが正しかった。かかわってはいけないお人だったと太助はもう冷や汗に鳥肌。一緒に話を聞いていた妖精のベルも白目である。
「……ここは、どこなんですの?」
「異世界救助隊本部、秘密基地」
「なんでもお空に浮かぶ宮殿とか……」
「ベルに聞いたか。いや、窓からの風景見ていればそうも思うかな、あははははは……」
「あの、わたくしをここで働かせてください!」
なんか面倒なことを言い出しましたよこのお嬢様! 部屋に緊張が走る!
「なんでもいいんです! なんでもやります! お掃除でも、お料理でも、召使でもメイドでも!」
うーんうーんうーん。考えあぐねて太助は「掃除できる?」と聞いてみた。
「やったことはございませんが……」
「料理は?」
「教えていただければ必ず」
「現場仕事……その、そもそも働いたことある?」
「いえ……。あの! それもダメでしたらもう、なんでしたら性奴隷でも肉便器でもわたくしをいくらでも凌辱してくださっても!」
うわあああああ! と太助ドン引き。捨て身過ぎる。っていうかドSでドM?
「……ちょっと相談してくる……」
太助は脱力した身を引きずって、指令室にまで歩いて行った。
指令室にはルミテスがいて、これもジト目で太助を出迎えた。
「どうであった?」
「さいてー……。かかわらなきゃよかった。あんなペネロープいらない……」
これほど救助活動に向かない人もめずらしいんじゃないだろうか。どんな名目でここに住まわせたらいいものか太助は頭が回らない。
「ペネロープって誰じゃ。だから言ったのじゃ。野垂れ死に、追放者や犯罪者まで面倒をみとっては救助活動などやってられんわ。このパレスが空の監獄になるだけじゃ。破綻が目に見えておろう?」
「……俺には既に空の監獄なんですけど」
「これからはもっと人選をよくせよ。おぬしのスカウトはあてにならんわ」
「ハッコツはなかなか良い人材だったと思うけど?」
「だから任せたのじゃが、これでプラスマイナスゼロじゃのう」
「……」
太助は指令室を見まわした。
「人が足りないと言えば、この指令室も人手不足じゃね? 事故や火災に災害、全世界を相手に監視するんだからここ、何人いても足りないだろ。時間決めてここの監視管制やらせたら?」
「ふー……」
ルミテスはため息ついた。
「まあそれなら。わちも二十四時間ここに籠るわけにもいかぬしな。ベルにも迷惑かけておる。緊急事態はシステムが自動で判断し警告も出すからつきっきりの必要はないのだが、そういう名目で雇ってやるかのう……」
しばらく訓練期間を置いて、ベルが監視システムの取り扱いをマリーに教えると意外にもすぐにその要領を学び、けっこう使えそうということである。オペレーターとしてなかなか優秀だったようだ。さすがは公爵令嬢、頭がいい。
だがその後、指令室からはたびたびマリーの絶叫が聞こえるようになった。
「どうした!」って太助が飛び込むと、マリーが真っ赤になって、顔を覆って、悔しがる。
「いやぁあああああ! フィリップ様! あんな女にあんなことやこんなことを! うぎゃあああああ! 悔しいいいいいいい!!」
パネルにはフィリップ殿下と泥棒猫のどろどろねちょねちょの愛欲の行為場面が大写し。浮気され不倫され横取りされた女の身にはこれはキツ過ぎるだろう。
「何監視してんだよ! そーゆーことに使うんじゃねえんだよこのシステムは!」
所詮ざまあ返しもできなかった悪役令嬢の末路などこんなもんか。みじめである。それにしても性能良すぎないかこの監視システムと太助は思う。どこから映像だよと。王宮に監視カメラでもあんのかと。必要ないだろそれ……。
「このカメラどこに設置してあんの?」
「寝室のネズミさん映像ですわ……」
そうだった。世界中の使い魔が見ているものがこちらに伝送されるのだ。新婚夫婦の夜の営みを盗撮とか、悪趣味なネズミもいたものである。王宮のネコさんもっとがんばってください。
「いいからちゃんと仕事して。もう忘れろ。マリーももうこの異世界救助隊の一員なんだからさ……」
「……はい、太助様………」
その夜、マリーが太助の寝室に突撃してきた。
そりゃあもうきわどいスケスケのベビードールで色っぽく。
「太助様! わたくしも! わたくしも! 抱いて! めちゃめちゃにして! もうわたくしには太助様にすがるしかございませんの!! わたくしをあなたの肉便器にして汚しつくしてくださいませ!」って。
太助は円周率を数え、素数を数え、ずりおちた肩紐から生のたたわわな胸を押し付けてくるマリーをなんとか押し戻し、「ヤケになるな」とか「自分を大切に」とか、「そんなことは復讐にならないよ」とか、「もっと時間をかけて、お互いをよく知ってから、ね?」とかの定型文を繰り返した。
とにかくモテたことが無い太助、「モテ期キタ――――!」なんて罠にはものすごく用心深かった。
それでも収まらないマリーに、太助は「君、いくつ?」と聞いてみた。
「十七ですわ」
「未成年――――――!」
太助はマリーを寝室から放り出して鍵をかけた。
異世界の十七歳発育良すぎ。
そんなことが何度もあって、太助はへろへろ、疲れ気味。
一人飯のオカズだけが捗るのであった……。
次回「17.沈没船を救え!」




