第34話 時雨の正体を知る者
午後から雨の予報なので、凛が時雨に折り畳み傘を持たせてくれた。
「これを使いなさいな」
「すみません、助かります」
時雨は礼を言うと、折り畳み傘を鞄に閉まう。
学校に登校する準備が整うと、時雨は出かける前にベランダへ出て景色を一望する。
夜景は街の電気が輝いて幻想的な眺めであったが、今は青空が一面に広がっている。
「ふふっ、本当に高い場所が好きなのね」
凛が時雨の横に立つと、一緒にベランダの景色を眺める。
「普段、地面を歩いている私達ですが、神様はこんな感じで下界を覗いているんじゃないかなって時々思う事があります」
「随分と哲学的な意見ね」
「この世界は空も自由に飛べる手段もありますし、それを当たり前に享受していますが、そこに至るまでとてつもない努力と研鑽がなされたと思うんです。いつか当たり前のように宇宙からこの星を眺められる日もやってくるのでしょうね」
時雨は空を見上げると、思い思いに語り尽くす。
宇宙から眺める地球はテレビや動画で何回も見る機会はあったが、それはあくまで間接的に過ぎない。
ベランダから地上を一望するように、直接この目で確かめてみたい。
そんな思いが込み上がってくると、凛は時雨の手を握ってみせる。
「宇宙へ行ける日がやってきたら、あなたの隣で地球や星々を眺めたい。駄目かしら?」
「私なんかでよろしければ、喜んでお供させていただきます」
「ふふっ、約束よ」
二人は小指で指切りすると、お互い頬を赤く染めてまだ見ぬ未来に思いを込める。
「さあ、行きましょうか」
戸締りを済ませると、凛は胸を躍らせて部屋を出た。
昨日の変電所の火災は収まって、結局夜遅くになってダイヤは正常に戻ったようだ。
駅前を過ぎる頃には、電車通学している生徒達の姿があった。
「おや? 珍しい組み合わせね」
背後から声がすると、自転車に乗って登校して来た加奈が颯爽とやって来た。
「おはよう、加奈」
時雨は加奈に朝の挨拶をすると、加奈はニヤニヤしながら二人を覗き込む。
「今日は嫁さんと一緒の通学じゃなくて、浮気かな?」
「嫁って……もしかして香の事?」
「ピンポーン、正解。正解した時雨には放課後に伝えたい事があります」
陽気な声で喋っていると、凛は可笑しそうに笑って二人のやり取りを見ていた。
時雨は溜息をつくと、加奈の用件を聞き出そうとする。
「相変わらず、朝から元気だね。言いたい事があれば、今話したらどうなの?」
「いやん、恥ずかしいから二人っきりがいいなぁ。放課後に学校近くの公園で話すからさ」
ぶりっ子する加奈は自転車のスピードを上げて、前方にいる女生徒達のグループに合流する。
「放課後は約束があるのに……」
途方に暮れている時雨を凛は気遣ってくれた。
「マルとチビは私が飼い主に引き渡すから、あの子と放課後に会って来なさいな」
「でも……」
「私の事は気にしないで」
「分かりました。話が終わりましたら、すぐに先輩と合流しますね」
時雨は申し訳なさそうに言うと、凛は時雨の肩を軽く叩いて承諾してくれた。
正門を潜ると、予鈴のチャイムが鳴り始めて、上級生の凛とは校舎が違うので別れた。
(加奈も強引だなぁ)
大方、ノートを写させてくれとかそんなところだろう。
時雨は真面目に授業を受けて、無事に放課後を迎えると、加奈が手招きして時雨を呼び寄せる。
「じゃあ、公園に行きましょうか」
「ノートなら貸してあげるから、別に公園に行くまでもないよ」
「ノート? いやいや、そんなんじゃないから」
どうやら時雨の予想は外れたようで、時雨は黙って加奈の後を付いてく行く。
そうじゃなければ、何か相談したい事でもあるのだろうか。
加奈が時雨に相談するような心当たりと言えば、彼氏が欲しいと散々ぼやいていたので恋愛関係の話ぐらいだ。
加奈は学校の近くにある小さな公園に時雨を連れて、空いているベンチに座った。
「時雨も隣に座って」
席を勧められると、時雨は加奈の隣に座って用件を聞き出そうとする。
「こんな場所まで移動して、話って言うのは何なの?」
「まあまあ、落ち着きなさいよ。話って言うのはこれだよ、ロイド君」
加奈はスマホを取り出すと、時雨を前世の名前で呼びつける。
(何で加奈がその名を……)
その答えは、スマホで昨日の時雨と凛のやり取りが一部始終撮られていた。
時雨は不意に今朝の占いの結果を思い出すと、占いが的中するかもしれないと不安が過った。




