番外編 インバウンド(9)
※(8)からそのまま繋がっています。
楽しく食事を終えると、涼夏が「参考になった」と微笑んだ。涼夏のラインナップにタコスが追加されるのかわからないが、トルティーヤは自分で作れる類のものなのだろうか。
「今度、チーズを挟んで焼いて!」
絢音が目を輝かせると、涼夏がもちろんだと頷いた。
「わかった。今度、チーズを挟んで焼く」
楽しそうな二人を横目に、奈都が「何をだろう」と呟きながら私を見上げた。
「さあ。絢音じゃない?」
「壺の中のチーズを顔や手足に塗ってください」
「絢音は可愛いけど、美味しそうかと言われると、過食部が少ない」
「やっぱりチサだね。肉付きがいいし」
「絶交する」
食事の後は、商店街をブラブラしながらお土産を探すことにした。いつもは無意識にスルーしている店が、インバウンド目線だと魅力的に思えるので不思議だ。その感覚こそ、この遊びの本質だろう。
「インバウンドって何を買うんだろう。百均とか人気だって聞くけど」
「NIPPONって書かれたTシャツとか?」
「今でも日本って武士とか侍のイメージなんだろうか。マニュファクチャリングハブである我がシティーで買うようなものでもないけど」
もし自分たちが海外に行ったらと考えると、名物のお菓子は買いそうな気がする。他には、やはりその国ならではのものだったり、人生で一度しか行けないような場所なら、その場所の思い出になりそうなものを買うだろう。
日本らしいものとは何か。スマホを開いて、やはり海外の人のための日本の土産物の紹介サイトを検索すると、綺麗にまとまったページが見つかった。浴衣、こけし、浮世絵、箸、焼き物、扇子、下駄、折り紙、手拭い、風呂敷、提灯、盆栽、漆器、簪、風鈴、だるまなどが挙げられている。確かにいずれも和のテイストだ。しかし、日常的に使っているものと言えば箸くらいなのも興味深い。
「日本人みんな、着物着ない。韓国人みんな、ハンボク着ない」
涼夏がさっぱりとそう言った。みんなは言い過ぎかもしれないが、実際に街で見ないし、私も着たことがない。どこの国でも、民族衣装の類はそんなものかも知れない。
「チャイナドレスのチサが見たい」
奈都が突飛なことを言い出して、絢音が大きく頷いた。
「絶対似合う。約束された可愛さ」
「でもちょっとウエストがきついかも知れない」
「絶交した」
どうも奈都は私を太っている設定にしたいようだが、標準より細いはずだ。もし太って見えるとしたら、それはきっと胸のせいである。そうに決まっている。
明らかに地元民向けではない、ザ・土産物屋のような店に入り、地名の入ったシャツやキーホルダー、B級感のあるご当地のお菓子を眺める。それから普通に定番のお土産やご当地グルメを見たり、時々小さな神社に立ち寄ったり、食べ歩きをしたりしていたら、すっかり遅い時間になった。最初に4人揃ってから半日近く経っている。
逆に言えば、半日しか経っていないが、今日一日を振り返ると、12時間のポテンシャルは本当に高いと思う。
「今日は新しい視点で、我がシティーを再発見できた。正しい帰宅部活動だった」
インバウンドごっこを締め括るように涼夏がそう言って、私と絢音は大きく頷いた。奈都は「帰宅部とは」と怪訝そうに首を傾げたが、私たちは奈都にそういう反応を求めている。
「意外と観光スポットが多いこともわかったし、元々歴史のある街だとは思ってたけど、どこまででも深く探求できそうだったね。絢音の調度も見れたし」
「それはニトリ」
速やかに突っ込む。美術館に行ったのも初めてだったし、4人揃って動物園にも行けたし、こんな機会でもなければ入ろうと思わないメキシコ料理の店も楽しめた。もちろん、このメンバーなら何をしても楽しめるのはあるが、企画が良かったのは間違いない。
「これからも部員一同、慢心することなく、新しい遊びを追求していこう」
私が部長からの言葉を伝えて、インバウンドごっこは大成功でお開きとなった。
帰りの電車の中で奈都に感想を聞くと、普通に楽しかったとのこと。
「もうちょっとただの観光になるかと思ったら、結構ちゃんとインバウンドしてたし、ヤギともたわむれて満足」
「ヤギ×奈都」
「あの時はまだカニだった」
マレーシアのカニ設定はまったく意味がわからなかったが、女子高生とは時々よくわからない言動をするものだ。もうちょっと設定を生かしたかったが、それをするには私たちのマレーシアの知識は乏しすぎた。
さすがに疲れていて、延長戦で長話する元気もなかったし、夜も遅かったので、軽くチューして駅で別れた。
今日一日外国人の気分で日本を見たことで、外国に対する興味も湧いた。これも嬉しい副産物だ。今のところまだ海外に行く具体的な予定はないが、遠くない未来、この4人で海外にも行こうと思う。
その時、我が帰宅部は晴れて帰国部になるのだ。ちょっと意味がわからないけど。




