番外編 記念日(2)
※今回、話の切れ目ではないところで切っています。
放課後、今日は涼夏の調子がいまいちなので、一つ先の古沼ではなく、最寄り駅の上ノ水を目指すことにした。
前方の安全は二人に任せて、私は歩きながらスマホを開いた。ずらっと並んだ記念日の数、実に90。もちろん、スカイプロポーズの日とか盲導犬の日のようなどうすることもできない日や、企業が制定した特定の商品の日もたくさんあるが、まぐろの日やトマトの日のように、簡単に味わえそうな日も多い。
「材料を買って料理だな」
涼夏が実に涼夏らしいことを言った。たまには料理も悪くないが、材料名よりも、パンケーキの日とかお好み焼きの日のような料理名が多い。
「全部食べたら太るね」
絢音がそう言いながら、そっと私のお腹を撫でた。撫でながら「これがビフォー」と呟いたが、全部食べる気はない。お腹もだが、お金も大変なことになる。
涼夏に食べ物以外の日はどうかと聞かれたので、ピッと指でスクロールした。デジタルの日や島の日、トレーナーの日や和太鼓の日などがある。島は難しいが、トレーナーは家に帰ったら着たい。
「目標は10個かな」
「20個頑張って。ふとんの日みたいな自動達成のもあるでしょ?」
涼夏が目標は高くと、鼓舞するように拳を握った。確かに、10個は簡単そうだ。20個はあまり現実的な数ではないが、部長としてはそれくらい目指すべきなのかもしれない。
上ノ水から電車に乗り、古沼で絢音と別れる。先のことは考えていないが、私は恵坂で降りることにして、一つ先まで乗っていく涼夏と、軽くハグをして別れた。
外はまだ明るい。日差しも柔らかく、活動するにはいい季節だ。
まずは適当な商業ビルに入って、窓ガラスをバックに1枚自撮りした。これで「窓ガラスの日」を達成した。1枚目を早く終えるのは大事だ。早速グループに流すと、すぐに二人から「手抜きだ」「窓ガラス可愛い」などと好意的な返事が来た。
恵坂では大体、駅より南に向かうが、今日は北の方に歩き出した。転倒しないよう、しっかりと目で前を見て歩く。これで「転倒予防の日」と「目の愛護デー」は達成したと言っていいだろう。足の写真を送ると、「ズルくなってきた」「全然愛護してない」と高く評価する返事が届いた。
大衆向けのアパレルショップに入り、トレーナーを試着する。家に帰ってからやろうと思ったが、早く済ませるに越したことはない。試着室で写真を撮り、ついでにトートバッグも合わせた。これで「トレーナーの日」と「トートバッグの日」も達成である。
調子よく進めているが、すでに30分以上経っている。休日に丸一日あれば楽勝だが、平日の夕方から始めるのはいささか厳しい。
店の外でセルフタイマーを使って、右手と左手が握り合っている写真を撮った。これで「手と手の日」を達成して6つになった。
そろそろ食べ物にいかないと苦しい。親に企画の趣旨を説明した上で、夕ご飯を買って帰るから千円欲しいとメールする。通常、夕ご飯千円ルールは、親の帰りが遅い日に実施されるが、今日は私の都合で適用して欲しい。
どうしても「パンケーキの日」を達成したいが、ちゃんとしたお店に入ると予算オーバーの上、お腹もいっぱいになってしまう。帰りにスーパーで200円くらいのを買おう。
お腹が空いてきたので、コンビニでコッペパンを買った。電子マネーで支払い、これで「コッペパンの日」と「キャッシュレスの日」を達成する。ちなみに私はコッペパンを名前しか知らなかったが、紡錘型の平べったいパンのことらしい。買ったパンの商品名はコッペパンではないが、形状的にコッペパンに分類しても大丈夫だろう。
パンを食べながら歩いていると、涼夏から「パンを食べながら歩くと、主人公にぶつかられてドラマが始まる可能性があるから気を付けて」と警告メールが飛んできた。食パンじゃなければ大丈夫だと思うが、念のため気を付けて、何とか無事に食べ終えた。
地下鉄一駅分歩いて、目的地の小さな神社に辿り着く。全国各地にある金刀比羅神社の一つだ。検索したら出て来ただけで、もちろん来たことはない。
丸の中に「金」と書かれたマークのある神馬像の前で写真を撮って、これで「金毘羅の縁日」を達成した。毎月10日とのことだが、ここでは特に何もしていないようだった。
さて、ここまでで9個。今を楽しんでいるので、「今の日」を達成したとして、ようやく半分だ。10個を目標にしていたらあっさりだったが、ここからが本番である。
今の苦しい心境を綴ると、涼夏から「『今の日』がだいぶ苦しい」と返ってきた。説明によると今を大事に生きよう的な日らしいから、そこまでかけ離れてはいないはずだ。




