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魔物の国と裁縫使い~凍える国の裁縫師、伝説の狼に懐かれる。  作者:
古着屋カルロと裸の狼

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突撃

「なにを言っている。普通の感覚?」


 ブラードンは嘲るように言った。


「寝ぼけたことを。泥将軍、貴様とて王族の端くれだろう。為政者とは、物事を高所から見て、大局的に判断するもの。たとえ民草に憎まれようとも、なすべきことを成し、国家を守り、繁栄に導く。それが王族、為政者というもの。曲がりなりにも王家に生まれながら、その程度のことがわからんのか」

「言葉の意味はわからなくもないがね。おまえさんは、やるべきじゃないことをやりすぎたんだよ。やるべきことと、やるべきじゃないことの区別がつかないやつが、そういう考え方をするのが一番まずい。周囲の人間や、民草が不幸になるだけだ」

「黙れ!」


 ブラードンは掌を空にかざし、握りこぶし大の火の玉を作って投射しようとした。

 ブラードンは王都の賢者学院を優秀な成績で卒業している。

 客観的に見てもブレン王国では指折りの実力を持つ魔術師だった。

 だが、火球がクロウ将軍を焼き尽くすことはなかった。

 クロウ将軍の後方から飛来した数十の石の群がブラードンに襲いかかり、その身体や顔面を打ち据える。


「あぎゃっ!」


 魔法などではない。

 後方に潜んだクロウ将軍の兵が拾った石を投げつけただけの、単純な投擲攻撃だ。

 だが、人の身体は石よりもろい。

 簡単に額が割れ、歯が折れる。

 投射しかけていた火球も、それであっさりとかき消えた。


「観念するんだな。護衛も連れず、一人でここまで来た時点で終わりだ。この状況じゃ、人間の魔法なんて役に立たない」


 あの赤マントが使った氷結術くらいならともかく『構え』『火を出し』『飛ばす』ような魔法など、実戦では大した役にはたたない。

 石や矢を放ったほうが数段早く確実だ。


「ひ……卑怯な……」

「俺には魔法の才能なんてないんでね。才能の違いは姑息に補うさ。まずは地面に跪け。こっちもおまえさんを石でうち殺すようなことはしたくない」


 ここまで来た以上は、命を奪うことは変わりない。

 だが、ブラードンはクロウの腹違いの弟だ。石打ちよりはマシな死に方を選ばせてやりたかった。

 だが、ブラードンは妙な笑いを漏らした。


「ククク、つけあがるなよ、妾腹めかけばらごときが」


 その言葉に合わせて、地面が、ずんと揺らいだ。

 ブラードンの後方の地面、城からの地下通路があった部分が、急激に盛り上がっていく。

 そして、異形が姿を現す。

 赤熱する金属の身体を持つ、体長十メートルの雄牛のバケモノ。


「魔物?」

「違う」


 ブラードンは、取り憑かれたような声で言い、口角をあげた。


「王家の守護獣だ。妾腹のおまえは知るまいが、王都の地下には王の指示にのみ従う守護獣を封じてあった。今、その封印を解いた。おまえたちを皆殺しにするために」


 ――そんな都合のいい物があるならなぜ今まで?


 という疑問は、すぐに氷塊した。

 ブラードンの髪が灰色に変わったかと思うと、恐ろしい勢いで抜け落ちていく、頬も痩け、老人のように変わっていく。

 守護獣とやらに、魔力と生命力を奪われているのだろう。


「なるほど、なめてたよ。おまえさんを」


 こんな切り札があるとは思わなかったし、自分自身の命を削るような手札を切れる男だとも思っていなかった。


「……今頃気付いても遅い。ここで死ね、泥将軍」

「おまえさんのあとでな」


 剣を抜き放ち、老人のようになったブラードンの首を跳ね飛ばす。

 だが、動き出した守護獣は止まらない。

 兵士達が石を投げ、矢を放つが、赤熱する金属の身体に跳ね返される。

 さらには熱い黒煙を吐きかけてくる始末だった。


 ――こんなものがいるとはな。


 王都の下にここまでの怪物が眠っていたとは計算外だ。

 今の兵力と装備では、対応は難しい。


 ――仕方がない。


 できることならば、人間の力だけで決着をつけたかったが、このままでは無駄な人死にを出すだけだ。

 声を出す。


「手を貸してくれ、赤マント。いるんだろう?」


 はっきり所在がわかっているわけではないが「いるだろう」という確信はあった。いろいろ屈折した性格ではあるが、義理や情には厚いマントだ。


 ――どこかで見ているはずだ。


 その確信は、概ね当たっていた。


「呼んだな」


 赤いマントの青年がクロウの前に姿を現す。

 そこまでは、読み通りだった。

 だが、少し違った点がある。

 現れたのは、赤マントの青年だけではなかった。

 もう一人、クロウと面識のない少女が一人。

 軍服のような黒装束、帽子を被った、黒髪の美少女だった。


「ああ、呼んだ。手を出すなと息巻いておいてみっともないが、手に負えそうにない」

「ファラリスの雄牛。アスガルの魔導具が流出したものでありますね」


 黒髪の少女が言った。


「魔物が作った魔導具ってことか?」

「そうなるな。古いもののようだが、アスガルの者が製作に関わっている。これが相手であれば、俺たちが関与しても良かろう」


 そう告げた赤マントは人の身体を消し、赤マントだけの姿になってクロウの背中に取りついた。


「熱は俺が防いでやろう」

「武器はこちらを使っていただきたいであります」


 軍服少女は掌の上に、長さ二メートルほどの黒い木の枝のようなものを出す。

 その先端から、琥珀のようなものが伸びて、一メートルほどの槍の穂に変わった。


「俺に倒せっていってるのか?」

「そうだ。あれは魔物が作った道具だが、動かしたのは人間だ。だからおまえが倒せ、必要な力は貸してやる」

「参ったねこりゃ」


 苦笑しつつ、クロウは琥珀の槍を構えた。

 まぁ、確かに、人間が倒すべき相手だ。

 魔物が作った道具でも、動かしたのは人間だ。

 その始末を、すべて魔物の手に委ねるわけにはいかないだろう。


「やるしかねぇか」


 クロウは地面を蹴る。

 それに並走する形で動いた軍服少女が告げる。


「槍の穂先を標的の胸に! 投げても構わないであります!」

「了解した」


 そう応じ、クロウは突進する。

 泥将軍というのは、戦もしないで土木作業ばかりしていることからきたあだ名だ。

 土木作業の現場に立ち続けて養った脚力に物を言わせ、クロウは突進、王家の守護獣、またはファラリスの雄牛と呼ばれる金属の牛めがけて肉薄していく。

『牛』は黒い高熱の煙を吐きかけ、クロウを焼き殺そうとしたが、赤マントが放った白い空気が煙を冷まし、押し払っていく。


 ――ここだ。


『牛』の真正面に踏み込んだクロウは、そのまままっすぐ、琥珀の槍を投射した。

 琥珀の槍の穂先には、軍服の少女、死神グリムリーパーサヴォーカの死と風化の力が込められている。

 琥珀の槍は『牛』の胸部を易々と貫くと、その負の力で『牛』を侵食し、砂へと変えて消し去った。

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