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365日のおはよう -通学路の記憶-

作者: ふぅ。

毎朝、通学路を歩く子供達の声に耳を澄ませる。 「おはよう」と交わされる挨拶の中に、季節の移ろいや成長の足音が混ざっている。 この物語は、そんな日々を静かに見守る“ある存在”の目線から語られます。

誰かに話しかけられることは少ないけれど、 それでも、そこにいるだけで誰かの心を支えている—— そんな存在が、きっとあなたの身近にもいるかもしれません。

変わらないものの中に、変わっていくものを見つける。 そんな時間を、少しだけ一緒に過ごしてみませんか。

「おはよう」

「おはよう!」


そんな子供達の挨拶を聞くところから僕の一日は始まる。

僕の家は通学路に位置している。

さらに言えば駅も近いから小中高、大学生の子ども達、そして大人もここを通る。

だから僕がここに腰を据えてから数十年、晴れの日も雨の日も、雪の日も欠かさず、子供達を見守ってきた。

僕から挨拶をしたことはないから僕に挨拶をしてくれる子供は少ない。

それでもたまにこっちを見て、おはようございます!と元気に挨拶をしてくれる子が通る。

僕はそれが嬉しくてたまらないんだ。

それからもう一つ、ここに立っていてよかったなと思えるものがある。

それは子供達の会話が聞こえることだ。

試しに今日の会話を聞いてみよう。


「ねえねえ、知ってる?今、光る消しゴムがめっちゃ流行ってるんだよ!」

「えっ、光るの!? 夜でも宿題できるじゃん!」

「そうそう!しかも、においつき!メロンの香りとかあるんだよ〜」

「それ、昨日YouTubeで見た!文房具紹介してるチャンネルで、ランキング1位だった!」

「オレも欲しい〜!でも、うちの近くの文房具屋にはまだ入ってないんだよね…」

「駅前の雑貨屋にあったよ!限定カラーもあったし、早く行かないと売り切れるかも!」

「よし、放課後ダッシュだな!」


こんな感じだ。

僕ももうかなり歳をとったから子供達、若い世代の会話が新鮮なんだ。

それに若い子たちの話を聞くと僕も流行に乗った気分になれる。

そうそう、まだ1番嬉しい事を言ってなかったね。

1番嬉しい事、それはね、年月が経って成長した子供達を見る事だ。

顔が隠れるくらいに大きな黄色い帽子を被ってランドセルが歩いているように見える小さな男の子がぐんぐん身長が高くなってランドセルが似合わなくなってきたな、なんて思っていると着ている服が制服になって、ああ、もう中学生なのか、と時間の流れを感じていると、いつのまにか制服が変わっているんだ。

それを見て僕は、あの小さかった子がもう高校生かぁ…第一志望の高校に受かったのかな?と想像を膨らませる。

それからしばらくするとその男の子は可愛らしい女の子と登下校しだすんだ。

よく見ると手を繋いでいる。

ああ、この子は高校で彼女ができたんだなぁ、お祝いしたいなって思うんだ。

もちろん本当にお祝いなんてしないけど、僕は心の中で祝福の言葉を贈る。

他にはね、こんな子もいる。

大きくなった女の子だ。

その女の子はさっき話した男の子よりも年上でね、今は働いているんだ。

何の仕事をしているのかなんて僕には知る由もないけどスーツを着ているからきっとバリバリ働くOLなんだろう。

毎朝忙しそうに早歩きをして僕の前を通るんだけど、たまに立ち止まって僕を見あげてこう言うんだ。


「やっぱり安心するなぁ。」


そうだろうね、僕は君が小さな時から見守っているからね。

そう言えば前からここを通る人はよく独り言のようにその言葉を言う。

安心する、変わらないな、と言ったふうに。

変な話だよね、僕だってずっと前にこの街に引っ越してきてから成長し続けているのに。

そりゃあもちろん君達みたいな若い子と比べれば成長の速度はゆっくりさ。

それでも僕は今も少しずつ、少しずつ大きく、さらに言えば太くなっている。

でも当たり前と言えば当たり前か。

僕と子供達では時間の流れ方が違う。

君達は自分が長い時間をかけて成長したと思ってるよね?

でもその時間は僕にとっては短い時間だ。

きっと僕はまだ数十年、もしかしたら後100年くらいここに立っているかもしれない。

僕の寿命はそれくらい長い。

数十年か…数十年後はきっとあの子達にも子供、もっと言えば孫が産まれているくらいかな?

そうしたらその子供達も明るい笑顔でこの道を通ってくれるのかな。

実際何十年か前にここを通っていた子が結婚して子供を産んで入学式に一緒に向かうのも何回も見た。

すごく幸せそうだったなぁ。

それから毎朝ここを通る子はお母さんの子供の時にそっくりで何だか懐かしい気持ちになるんだよね。

そんな感じで僕はずっとこの街を見ている。

もっとも僕は歩けないから通学路のことしか知らないんだけどね。


あ、そうそう、僕と一緒にこの街を見守ってきた人を紹介するよ。

それは僕がいる家の主のおじいちゃん。

おじいちゃんって言っても僕とは同い年らしい。

僕がおじいちゃんと同い年だったから連れてこられたんだ。

なんで同い年なのにおじいちゃんって呼ぶのかはね、さっきも言った通り僕と人間では時間の流れが違うからだ。

僕はまだ若さが残るけどおじいちゃんはもうよぼよぼだ。

だから僕は尊敬の念も込めておじいちゃんと呼んでいるんだ。

まあ僕の声はおじいちゃんには届かないんだけどね。

悲しいのはおじいちゃんがもう長くないことだ。

癌らしい。

おじいちゃんは明日から入院をするんだ。

分かってはいたさ、人間は僕よりも寿命が短い。

だから必ず別れというものは訪れるものだって。

それでもずっと一緒にいたおじいちゃんとの別れはやっぱり辛い。

だから僕は縁側に座るおじいちゃんを最近よく見つめる。

絶対に忘れない為に。


「しばらくの別れだなぁ、"松千代"。」


あぁ…そうだった、僕の名前は松千代だった。

おじいちゃんが小さな時に名前を付けてくれたんだ。

随分と昔のことだったから忘れてしまっていたよ。

しばらくの別れか……おじいちゃんはそう言うけれど僕はまだ寿命の中ほどだ。

これからの半生はおじいちゃんなしで生きていかなくちゃいけない。

そう思うと僕はすごく泣きたくなった。

でも悲しいかな、僕は涙を流すことが出来ない。

僕の感情は誰にも伝わらない。


「なに、寂しいことは無い。儂は天から松千代の事を見守るつもりじゃ。」


え?

おじいちゃん僕の気持ちが分かるの?


「ふふ、80年以上も毎日を共に過ごしてきたんじゃ、考えていることなどわかるわ。」


そういうとおじいちゃんは縁側からゆっくりとこちらに歩いてきて僕の事を抱きしめた。

おじいちゃんの腕は水分を失っていて、まるで木の枝のように細かった。

それでも僕は、確かにおじいちゃんの温かさを感じた。

思えばおじいちゃんとは色んな事をしたなあ。

背比べもしたし、おじいちゃんが勉強したくなくて僕に登ってお母さんから隠れたこともあったっけ。

どれもこれも最高の思い出だ。

おじいちゃん、本当に今までありがとう。



それから季節は巡り、冬の寒さも和らぎ、花が蕾を膨らませる季節になった。

お、そんなことを言っていたら高校生になって彼女が出来たあの子だ。

彼女さんもいるね。


「おはよう、松千代!実は今日卒業式なんだ、春から大学生ってやつだよ!」


そうなんだ、今日は卒業式か。

こうやって男の子が僕に話しかけてくれるようになってから半年が経った。

最初の頃は驚いたな。

え、なんでこの子が僕の名前を知ってるんだ?って思った。

話を聞くとおじいちゃんが僕が一人にならないように色んな人に伝えてくれたらしい。

おじいちゃんの優しさに僕は助けられている。

おじいちゃんがいなくなってから始めの頃はすごく寂しかった。

意味もなく縁側を見つめてしまったり、夜風の中におじいちゃんの声を探してしまったりもした。

でも今はその侘しさも薄れた。

ここを通る人が僕に話しかけてくれるからだ。

しかもどうやら僕のことをこの街を守る神様だと思っているらしい。

神様だなんて、そんな立派なものじゃないのにね。

でも子供達がそう言うってことは僕にはやっぱり安心感を与える力があるのかなと思う。

ずっと僕は子供達を見守ってきたんだからそう言われるのは正直に嬉しい。


「おはよう松千代、今日も元気そうだね。」


今僕に話しかけてきたのはおじいちゃんの孫娘だ。

最近この近くに引っ越してきた。

毎朝ここを通るんだ。

彼女は僕によく話しかけてくれる。


「今日は大学でプレゼンがあるんだ。」

「就活、上手くいくか心配だよ。」


普段はそんな他愛もない話だけど一度、彼女はすごく嬉しい事を言ってくれた。


「私、おじいちゃんみたいな人になりたいんだ。」


そうだったね、君はおじいちゃんの背中を見て育ったんだったね。

昔から君と僕は何度も会ってる。

僕は君のことを今も昔も、そして未来さえも見守っているよ。

そしていつか君にも子供ができて、その子がまた僕の前を通るようになったらきっと僕はこう言うんだ。


「おはよう、今日も元気に、行ってらっしゃい!」


あなたの心を優しく暖める、そんな物語を書いてみました。

あなたの通る道に松千代のような存在はいますか?

ううん、通る道じゃなくていい。

家でも、学校でも、職場だっていい。

あなたのことを優しく見守ってくれる存在。

いつもそこに当たり前のようにいるけれど、きっとそれは当たり前じゃなく、特別なことなんだ。

だからあなたも声に出してみよう、「おはよう。」と。

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