32.『英雄』の名
王族が近くにいると、さすがに側に来ることが難しいのか、ジョシュアたちといるとほとんどの者は寄ってこない。来るにしても、ちょっとした知り合い程度である。
そのうち、王が現れ、各国の要人の紹介が始まる。
ラムル王国からは第三王子アデニウムとその婚約者であるモナ。
フィアンマ帝国からは皇帝カトルとその側近であるケリー。
花香からは東宮である紫俊熙。
「……東宮というのは国の次代だったな。フィアンマも皇帝が出てくるし、それだけハロルドが注目されているということか……」
「しないで欲しいです」
ハロルドのどこか遠くを見るような目を見て、ジョシュアは苦笑する。
それが欲しくてたまらない人間もいるのに、人生とは思うようにいかないものだ。
少し遠くに、大柄な青年がいる。燃えるような赤髪と精悍な顔立ち。そして勇者という称号に惹かれて、周囲には幾人もの女が侍っている。
イベリア・マラカイトもその一人だった。ルートヴィヒの婚約者だった彼女は、家の不正が見つかって、第三王子の婚約者を外れ、勇者を押し付けられていた。最も、イベリア自身は「真実の愛が報われた」のだと信じてやまないのだが。
しかし、青年、ロナルド・アンモライトは現在彼女たちに全く興味がないようで、退屈そうにしている。
ハロルドたちに注目する目線が増えたことで、その存在に気づいたのだろう。彼は女性たちに「退け」と言って軽く払い除け、ハロルドたちの方へとやってきた。
「久しぶりじゃねぇか、ハロルド」
「……久しぶりですね、アンモライト卿」
「おいおい。この間会った時の威勢の良さはどうしたんだよ?まぁ、元気そうで何よりだ。あれから、面白いことがあったそうなのに、俺を呼ばなかったのだけは気に食わないが」
「別に面白いことなんて何もなかった。それだけですよ」
「なるほど……国一つだけでは面白味に欠けるってか。言うじゃねぇか」
「いや、そう言う話ではなく」
「まぁ、いい。最終的に英雄になるのは勇者である俺だ、ということだけ覚えておけよ」
口角は上がっているが、その目は笑っていなかった。
いつだって、望んでいる者がそれだけのきっかけを得て、成果を上げるとは限らない。
無欲だからこそ狙われ続け、それをはね除けてきたことで、ハロルドは結果的に名を上げることとなってしまっただけだ。彼の意思に反して評判が広がってしまったことを、ロナルドが羨む結果となったのだろう。
「……そうですね。俺にはその名は重い」
だからこそ、ハロルドは素直にそう答えた。
自分にそういった名称が相応しくないと、ハロルドは今でも自覚している。
ハロルドの答えにロナルドは満足そうな顔で「わかってるならいいんだよ」と肩を叩いて去って行った。
「……あれにこそ、英雄の名は重いと思うがな」
ジョシュアの呟きは、彼の隣で静かに頷くマリエにしか聞こえていなかった。




