12.焦り
ヴァイパーは焦っていた。
何もかもが思い通りにならない。
主人のために何でもしてきた男は、初めての出来事に臍を噛んでいた。
彼は没落しかけていた子爵家の出だ。東方にある島国から伝わったとされる呪術を主力とした彼の家は、長く不遇の時代を強いられていた。
何せ、マーレ王国は龍を祀る国、龍と共に戦うものこそが尊ばれる国だ。魔法であれ、剣であれ、龍に力を認められた人間が戦果を上げ、富を築いてきた。
故に、最初、彼は誰にも見向きされぬ存在に過ぎなかった。
呪術という力に目を向け、見出してくれた……全てを蹴落とすための力を得る手伝いをしてくれた唯一の、神よりも尊い存在。マーレ王国第一王子イリアスと出会う、その時までは。
青みがかった濃い紫色の髪、青い瞳。両親譲りの高慢ではあるが精悍で美しい顔をしていた。
彼は自らのライバルを証拠なく消し去るための方法を調べ、呪術にたどり着いた。
その中で、年が近く、魔力が高く、最も不遇な少年を選んだ。
没落しかけの、嫡男以下の、使い捨ての道具。
そういった『モノ』としてヴァイパーは見出された。
彼に取って幸運であったのは、呪術師としての才能に溢れていたことだろうか。
自分が見出した才能を、イリアスは重用した。
自尊心の高いイリアスは、自分を神のように崇め、何でも言うことを聞くヴァイパーをとても便利に思った。
きょうだいたちを始末し、政敵を始末し、イリアスが王位を継ぐことがほとんど決まりになった頃、ユール熱と呼ばれる感染症が流行した。
しばらくは水色の髪の薬師を働かせていたが、やがて彼は居なくなった。
これからというときにケチがついた。
そこでイリアスは隣国に神の加護を得た人間が複数現れたことを知る。そして、そのうちの最もおとなしそうな少年であれば、意のままに操ることができるだろうと考え、やはりヴァイパーを使った。
そして、ヴァイパーはデイビッドを殺すついでにユリウスを動かす。
それがヴァイパーの、一つ目の間違いだった。
ハロルドは別におとなしいわけではない。自分たちに害を与えた人間に神罰が降りかかっても、「まぁ、そうなるよね」くらいにしか思わない。
次に、エーデルシュタイン王国にドラゴンと共に乗り込んだこと。
ドラゴンが丸ごと取り込まれるだなんて誰が思うだろう。
ローズという人質が手に入ったことだけが収穫であった。
ハロルドは彼らに取っては羽虫に過ぎない妖精を『家族』と呼んだ。
助けるために魔法契約にサインすらして見せた。
だから、最終的にはヴァイパーの勝ちは決まっている。
(もし契約がうまくいっていなかったとしても、謁見し、例の件を遂行した後ならばより強い苦痛が小僧を襲うはず)
そうなれば、動かぬ身体を痛めつけ、従順に躾けてやるのも手であろう。
ヴァイパーはそんなことを考えて気を紛らわせる。
ヴァイパーは魔法契約の魔法も、呪術系の魔法も失敗したことがなかった。
それは紛れもなく彼の才能ゆえのことであり、イリアスに重用された理由だった。
だが、だからこそ彼はそれらが本当に失敗していた時に、解呪された時にどうなるかを知らない。
それはある種の弱点にもなり得ることを今のヴァイパーは知るよしもない。
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