35.芸術と神
一人の青年が、一心不乱に絵を描く少年を見つめている。
少年はウルク・オパルス。子爵家の次男で、ハロルドに絵の依頼を受けて以来、自由になる時間のほとんどをそれに注ぎ込んでいる。
そのすぐ後ろにいるのは柔らかなミルクティー色の髪に、優しい緑の瞳の中性的な男性だった。
彼はゼーゲン。ピエール・ド・ルシナンテの雅号を持った芸術家だ。そして、ひょんな縁からウルクの師になった。
「うん、とてもいいね。豊穣祭には間に合いそうだ」
「よかった!!ハロルド様は別にいつでもいいよと言ってくださっていたのですが、これを捧げるならば豊穣祭と決めておりましたので!!」
ウルクは嬉しそうにそう言って笑った。
彼の目の前には、フォルテとハロルドを中心とした宗教画があった。美しく、繊細に、神々しく描かれたそれはウルクがハロルドを見たインスピレーションをパッションそのままに紙にぶつけてできた芸術だ。それはゼーゲンの目から見ても非常に素晴らしいものだった。
(……いや、まぁ、フォルテ様はお喜びになるだろうが、あの少年は心底嫌がりそうなんだが)
かといって、彼の存在がなければここまで素晴らしい絵にならなかっただろうと確信があるだけに頭が痛かった。芸術のことになると価値観がおかしくなってしまうのはゼーゲンにも共通していることだ。
そして、それと同等に夢中になってしまったことが彼の『人生』にはあった。
ゼーゲンの人生を変えたのは『恋』だった。
ふわふわで柔らかな栗色の長い髪、甘やかなオレンジ色の瞳の美しい少女。秋の女神であるオリーヴィラ。
彼女に恋をして、彼女に関する芸術を、愛の形として数多く残し、結果としてピエール・ド・ルシナンテとして名を馳せた。
(生前はそれでもよかったが、割と若いうちに神の婿として天界に連れ去られ監禁されたり、イチャイチャしたいとかいうアホらしい理由で仕事をサボろうとしたり……まぁ、それでも好きだったんだが)
神の婿となり、もう何十年……いや百年は超えていただろうか。彼自身もいつの間にか神と呼ばれる存在になっていた。
今更弟子を取ることになるとは思わなかった。
「先生、ここの白なんですけど……」
「そうだな、こちらの絵の具を使ってみるか?」
妻の世話がない日々はこんなに穏やかなのか。そう気づいてしまったゼーゲンは帰る気力を失ってしまっていた。
元々、子どもは好きだ。かつては、「将来は、子どもと一緒に絵を描けたら幸せだろう」とも思っていた。自分だけを愛して欲しいという妻から子を持つことは許されなかったが、こうやって家庭教師の真似事をしていると人だった時のささやかな夢を思い出す。
かつてはフォルテの加護を得ていた、元人間の神は弟子の絵を見つめながら久々に笑みをこぼした。
久しぶりに、かつて彼の絵を、彫刻を、焼き物を愛してくれた女神に何かを作りたい。
夏が過ぎれば豊穣祭はすぐそこだ。
自分たちが思うより時間は短い。
「今年のフォルテ様の神殿はきっとすごいですよ!!信者が増えていますし、今年は神子様の拝謁を賜りたいという願いも多く寄せられているんです。炊き出しやら寄付でかなり貢献していらっしゃるようで」
その『目』があるから、彼はフォルテの神子がハロルドであると確信をしている。尊敬すべき人だ、とある種の信仰にも似た気持ちが膨らんでいく。
こうして、豊穣祭に向けてハロルドが知らないところで、確実にハロルドが心理的ダメージを負うだろう出来事が進行していた。
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
ゼーゲン
たまに現世に現れてピエール(以下略)として作品を残す芸術の神様。元人間、元フォルテの加護持ち。
彼の死後にでたピエールとしての作品は彼の弟子が作ったということに自動的に変換される。
基本的にオリーヴィラ(秋の女神、妻)の世話をしていた。ユースティアの介入で荒れた妻の言葉で心の糸がぷっつん。人間界に降りてきて、絵を描いていたらウルクに出会う。
帰る気力がない。




