21.善良なのは誰か
時間が過ぎるのはあっという間だな、とハロルドはペンを置いた。
あとは終了時刻の鐘が鳴るのを待つのみだ。
期末試験で平均点以上を出せば無事に家に帰ることができる。
出稼ぎに行って帰ってこない若者も多いと聞くが、ハロルドは田舎の方が気が楽だった。人の目が多くないというだけで面倒が少ないのだと、王都に出てきて改めて思う。
実技の試験は落ちることがないだろうと考えているけれど、この世界について詳しいわけではないので、筆記の見直しは必須だ。
鐘が鳴って時間が終わると、ホッとしたように息を吐いた。
席を立つと、アーロンが嬉しそうに背伸びをしていた。
「思ったより簡単だったな。実技は自信あるし帰れそ〜」
「そういえば、それなんだけど」
ブライトが少し言いにくそうにしていたが、やがて覚悟を決めたように頷いた。
「僕も、付いていっちゃダメかな!?」
「は?」
「え?」
ブライトの申し出に二人は目をまあるくする。
「あとで理由は話すから」と言う彼にハロルドは「理由を聞いてからね」と告げた。
クラスごとに実習場を分かれて魔法の実技試験は行われている。
高等部に上がれば能力差や志望する学科によって校舎が分かれたりもするので、これだけ人数が多いのはこの三年のうちだけだ。
2クラスずつ分かれて試験を行なっており、FクラスはCクラスと合同だ。いつもの四人で集まって座っていた。ルートヴィヒは早々に終わったのですでに観戦気分である。
「Fクラスの者たちもほとんどがコントロールもしっかりしているな」
勇者のように剣と魔法で国に認められて身を立てる野心を持った者たちよりも、一生懸命に勉強に励んでいた者たちの方が魔法の大きさ、精度などで合格ラインに立っているのは皮肉である。また、今はまだ優位に立っているが、最初からある程度できた者たちとの差も縮まってきている。
「生活がかかってるからな。文字っつー最大のハードルを最初に超えてしまえば、あとは自分の努力次第だ。卒業できれば、それこそ仕事の幅が広がる」
「最初が一番辛いよねぇ。僕もペン持てるようになるまでが一番辛かったかも」
「それは文字以前の問題だろう」
呆れたようにそう言うルートヴィヒに「そうでもないよ」とハロルドは以前の様子を聞かせると、ベキリー伯爵家にドン引きしていた。
どんどん通常の暮らしができるようになってきているブライトではあるが、今も彼の身が無事なのは「頑丈」という常時作用型のスキルを持っているためである。このスキル故に毒を使われてもなかなか死なない。そして段々と耐性がついて多少の毒であれば口にしても大丈夫な域にまできてしまった。
怪我をしても治りが早いなど、利点が目立つが、一方でこれはブライトの精神を苛んだ。
──これは本当に人間と言えるのか?
「まぁ、ブライトが大凡の人より善良なことに生家の人たちは感謝すべきだよな」
ハロルドの言葉に我に返る。
そして、彼は苦笑した。
自分の善性を信じてくれる友がいるから、人でいられるのだ。
名を呼ばれて「行ってくるよ」とひらひら手を振る友人を見送りながら、「ハロルドくんには負けるよねぇ」と呟くと、アーロンとルートヴィヒは静かに頷いた。
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