46.温度差と現実逃避
ガッチガチに魔封じされたユリウスと記憶を取り戻したデイビッド。
彼らが連れてこられたのはとある部屋だった。先に歩く騎士が扉を開くと、そこには疲れた顔のハロルドと彼の口元に菓子を近づけている無表情のエリザベータ。その左右にはシャルロットとアイマンが立っている。
(どういう、光景なんだろう)
どういうも何も、ハロルドを甘やかしたいエリザベータと、いい加減にやめて欲しいハロルドの攻防戦である。
「神子様はお疲れのようですが」
「ええ、ですからね、わたくしが癒しになるのです」
「なっていないと思いますが」
そして女性二人、微妙にバチっている。
「喧嘩するなら二人とも出ていって」
ハロルドはまだ本調子ではないので、機嫌が良くなかった。甘やかそうとしてくれるのはありがたいが、余裕はそこまでない。
声音の冷たさに彼女たちはすぐに引き下がった。
ハロルドがそういう態度をとることは、彼女たちにとってはレアである。乙女たちは嫌われたくなかった。
「ゴタゴタしていてごめんね」
「いえ……」
苦笑しているハロルドにそう返すので精一杯だ。
もう十分やらかしている自覚がある。自分は彼女たちのように「ごめんなさい」で許してもらえないだろう。彼はそう、わかっている。
緊張した様子のデイビッドたちを見て、ハロルドは「安心して。害を加えるつもりはないんだ」と伝える。
「それで、俺のお願いは聞いてもらえるかな?」
少し困ったように首を傾げ、問いかける姿は美しい。天使というものが存在しているとすれば、きっと彼の形を取っているだろう。いや、そんな可愛いものではないかもしれない。
目の前にいる神子ハロルドは特に圧を発している訳ではない。媚びている訳でもない。ただ、文字通り頼みたいことがあるから呼んだ。それだけだ。
だというのに、不思議と跪いてなんでも言うことを聞いてしまいたくなる。そんな気持ちになった。
(どうか、している)
脳の中でガンガンと警鐘が鳴る。
危険だと本能が告げる。
「私に、できることであれば」
だというのに、デイビッドは気がつけばそう口に出していた。
返答を聞いて柔らかに微笑むハロルドに日が差した。
(天秤が平行になったな。これでようやく罪と善行が釣り合うってことか……でも彼の罪って何だ?)
ハロルドは微笑みを浮かべながら、瞳に映る水晶の天秤を眺めていた。
ユースティアの加護によってもたらされた『天秤の裁定者』というジョブスキルには、恐ろしいことに人を裁く力がある。胃が重い。絶対行使したくない。
善行を成せば左に、悪行を成せば右に傾く。悪行の数が増えると、裁定が下される。らしい。
試す気にもなれない。
(善とか悪とか、量れるものじゃないと思うんだけど)
それでも、この力は制約があるが故に強い。というか、ユースティアが嬉々として介入したがっていることもあって強い。
できることであれば、発動させない方がいい。
ハロルドはそう思う反面、「でも本気で改心してるか、やる気があるかとか分かるの便利だなー」とも考えていた。現実逃避である。
デイビッドの罪判定ってマジで神様目線でのやつなので、多分ハロルドが理由聞いても「仕方が……ないのでは……?」って宇宙猫顔でいう。
そして、彼がハロルドに対して抗いがたい気持ちがあるのは記憶失っている間に軽く布教されているため。




