14.名乗らぬ少女
若干の嫌な予感を感じつつも、ハロルドは「まぁ、フォルテ様の絵だし、関係ないよね」と思い直した。自分が宗教画に描かれそうだとはつゆほども考えていない。
オパルス兄弟を見送って、三人で帰宅しようとすれば、ハロルドめがけて石のようなものが飛んできた。ネモフィラが気づいて咄嗟に止めるものの、いくつかは何かに押されるように加速して飛んでくる。叩き落とそうと上から水を降らせたネモフィラは、肝心のハロルドも一緒に濡らしてしまって「寒い、どうしよ」とローズを見た。「仕方ないわねぇ」と彼女がハロルドの肩に座ると、ゆっくりと服が乾いていく。
「私の邪魔をするからよ。ザマァないわね!」
声が聞こえて唖然としていたアーロンとミハイルが顔を上げると、明らかに自分達を嘲笑っているとわかる少女がいた。栗色の髪に、黄色い瞳。意地の悪そうではあるが顔はそれなりに整っている。
「冴えない男共のくせに、私の伯爵夫人になるという輝かしい未来の邪魔はしないでほしいわ!」
鼻で笑って、「自分がやりました」と自白する彼女は、目の前にいる少年たちが「あ?なんだこのクソアマ」みたいな顔をしているのに気がついて少しだけ驚いた顔をする。
その性格を矯正しようとしていた母親と兄をよそに、父親や彼の取り巻きに幼い頃から蝶よ花よと育てられ、わがままに傲慢に育った少女は、従姉妹の婚約者を籠絡したことで調子に乗っていた。可愛い、美しいと言われて育てられた彼女は、顔を拭くためにメガネを外したハロルドを見て固まった。
人とは思えぬような、言葉にならないほどの美貌だった。手を伸ばせば儚く消えてしまいそうな印象すらある。けれど、だからこそ手に入れたいと渇望する。そんな尋常ならざる美しさだった。
「あー、やっぱり濡れるとまだ寒いね」
「メガネ外していいのか?」
「良くはないけど、ちゃんと拭かないと気持ち悪くって」
そんな会話をしながら、こっそりと暴れ出しそうなリリィを嗜める。けれど、火に油を注ぐように、彼女は続ける。
「あなた、私のものになりなさい。私に傅く栄誉を与えてあげる」
「嫌だけど」
さらりとそう返して、獰猛な笑顔を作る。
「俺が傅く相手は、俺が決める。少なくともそれは君ではないよ」
ゾッとするような冷たい声音だ。
ハロルドにしては珍しい、強い拒絶にアーロンは一瞬、目を大きく見開いた。
そして、目の端に映った黒いものを見て「あー……」と納得したような声を出した。覗き見バットくん3号が飛んでいた。
「アイツ、死んだな」
「えぇ……ハロルドさんはそんなに過激じゃないでしょう?」
「過激なのはハルじゃなくて、お前のねーちゃんだよ」
アーロンのツッコミにミハイルはピシリと固まった。目だけを静かに動かして、周囲を探る。
「人の気配はありませんが」
「そのままゆっくり上を見ろ。蝙蝠型の魔道具が飛んでんだろ」
「……アネウエ、ミテル?」
バッチリ見ている。
エリザベータは新しく現れた泥棒猫を許しはしないだろう。こんなにはっきりとハロルドが疎ましいと表現しているのだ。容赦なく刈り取ることは想像に難くない。
甘やかされて生きてきた少女はまだ名も名乗らずに吠えている。
ハロルドの指鳴らしで、ネモフィラが霧を作る。リリィがどさくさに紛れて少女の足元の土を柔らかいものに変えた。
さっくり逃げた彼らの少し後ろで、何かが倒れた音がした。
エリザの過激さは登場時知ってたらまぁ……。
ちなみにハロルドが割とおおらかに受け入れてるから、ある程度矯正されてるように見えるだけ。エリザさんまだまだ全然めちゃくちゃ過激な性格変わってない。




