24.隠れ信者の所業
報告を受けてテントに向かうと、ノアが相変わらずの読めない顔でひらひらと手を振っていた。
「思ったより遅かったね」
「まぁ、うちの女神がまた我儘言い出したせいなので」
ノアも事情を知っている人間の一人なので正直に答えると、彼もまた怪訝そうな顔をした。普通の人はまさか女神がちょくちょく「私もおやつ欲しい!」「庭のお花が咲いたら捧げて!」など要求してくるだなんて思わないだろう。ハロルドは「そのうちな」と適当に付き合っている。待っていればハロルドの気の向いた時に望んだものがお供えされるので、フォルテはウキウキしながら祭壇の前に座っていることも多い。ご褒美も用意されている。ちょっと気に入られただけで手に入りにくい花の種などが手に入る。
「ざこ女神の言うことなんて気にしなくっていいのにぃ」
「リリィ、だからあまりそういうことを言わない」
「はぁい」
ハロルドに注意されてほっぺたを膨らませるリリィだったが、「うん。良い子」と頭を撫でられて機嫌を直した。ノアはちょっとだけ「うわ、魔性……」と思ったが口には出さなかった。沈黙は金なり、である。
テントに入ると、酷く荒れていた。寝床やその周りがしっちゃかめっちゃかになっている。暴れたのだろうと察しがついた。
中央に白い布を被せられたものがあった。それがハロルドの母の遺体だった。
「顔、見る?」
「一応」
故人を偲ぶ素振りを見せないハロルドに、ノアは内心少しだけ驚いたが、「ハロルドくんを育てたのって祖父母だって聞いてるからなぁ」と思い直した。ミィナは厄介ごとを引き起こすだけで特にハロルドの世話を焼いたりしていたわけでもないので、ハロルドも「死んでなきゃいいけど」とは思っていたが、そこまで強い関心がない。少し思うところはあるけれど。ミィナも息子に対してそこまで興味を持っていなかったのでお互い様というやつだろう。
遺体を見ると、化粧で隠したのだろうが、うっすらと首を掻きむしったのであろう跡が見える。鑑定をしてみると、毒を使われたようだった。即死でもなかったらしい。とても苦しむ種類の猛毒だ。趣味が悪いと眉を顰めた。
「それで、誰が?」
「誰でもないよ、病死」
「いえ、建前はいいので」
そのためにわざわざテントの外に他の人たちを置いてきたのだろう、とジト目で自分を見るハロルドに、ノアは笑った。
「うちの部下。君の情報は俺たち裏方界隈では警護任務や王家への報告の必要性もあって、それなりに取引されている。それで、君は裏方界隈で基本的にはめちゃくちゃ好かれてる」
「……は!?」
ハロルドにはまるで心当たりがなかった。彼は自分の価値観と人外の無茶振りと、高貴な身分の知り合いに振り回されて走り回っているだけだ。彼の言う『裏方』に心当たりはない。あるとしても、護衛についてもらっている場面が多いので「いつもご迷惑をおかけしております」くらいのものだ。
「まぁ、裏方の人間は嫌われがちだからねぇ。まともに人間扱いして、性的に揶揄ったりあれこれ指図して困らせてこないし、基本的には真面目にしていて余程のことがない限りは命の危険がある場所には行かない。もうこれだけで評価爆上がり、好感度爆上がり、愛され神子様の完成」
パン、と手を叩いてお茶目にウインクするノアに「それって、普通の……ことでは……?」と思わず呟いたハロルドは悪くない。悪くはないが、ノアは「ちっちっち」と指を振る。ゆっくりと腕を組むと自嘲するかのような声で続けた。
「それなりに多くの人にとって『裏方』なんてネズミみたいなものなのさ。君みたいにこっそり薬や夜食を差し入れまでして感謝してくれる子の方が少ない。だから俺たちの界隈にはマジで崇拝している信者みたいなヤバいやつもいる」
何となく流れがわかってきてこめかみをトントンと指で叩いた。
「だからあんなゴミみたいな人間が、ただ君を産んだってだけで大きな顔をして我儘を言って君の評価を下げるのとか、許せなかったんだろうねぇ」
ノアも少し呆れたような顔をしている。
「まぁ、君が辛い、許せないと泣くのならば責任とって笑顔で首にナイフを突き刺すと思うけど」
「怖い」
「やっぱ、君もそう思う〜?俺も思う〜!」
二人はそう言いながら鳥肌をさする。
ハロルドは普通にしているだけだ。本当に大した事はしていない。確かに性病で苦しんで死ぬだろうとは思っていたが、こういうのは想像していなかった。
一応動きがあった時のために見張りを置いていたが、本当にすぐ処分されるだなんてペーターを捕獲した段階では思っていなかったのだ。
自分の感謝の気持ちや好意、そして当然だと思っていたそれらが信者を生むなんて想像すらしていなかった。
ハロルドは普通に感謝してただけ。でも、使い捨ての道具とばかりに扱われてるやつも多い界隈だったのでヤベェのが味方(!?)になっちゃってる。




