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婚約者の回想2・浮気直前



 しばらくの間、わたくしはずっと鬱々と悩んでいた。

 なんで、どうして。もう、何をするのが正解なのか分からない、と。

 ため息をつきつつ、頭を悩ませていたけれど、ある日、ふと気づく。

 私の中にあるのは、王子に対しての困る、とか。問題だ、非常識だ、という思いばかり。

 これでは、ただの愚痴ぐち。客観的なふりをした文句ばかりじゃないか、と。

 困る、というのはつまり、相手が悪くて、自分はかわいそうな被害者だ、と考えているのだ。問題児、というレッテルを貼って、相手を切り捨てたのだ。

 気づかぬうちに、私は自分を巧妙にだまし、試行錯誤を辞め、問題を放置していた。


 ――彼はなぜ、あんな態度を取るの?

 ――何が原因で、あんな風になってしまったの?

 ――どうして、あのような行動をするの?

 

 なぜ、とは口ばかりで、本当には――本気では、考えようとはしていなかった。知りたいから、疑問の形を取るのではなく、理解できない存在として、拒絶していたのだ。

 私は、彼の心を想像しようと、寄り添おうとはしていなかった。


 ――自分は、彼を厄介者として見ていて、彼を自分が考える正しい形に当てはめようとしていたのだ。


 そう気づいた瞬間、今までと全く違うものが見えてくる。


 周りを見渡せば、私と同じようにフィルメリア殿下に困惑や、迷惑そうな視線を向ける者ばかり。

 彼を矯正きょうせいしようと――彼を自分の考えに合わせて動かそうとする者。

 評価し、切り捨て、背を向ける者。

 陰でコソコソと悪意を込め、あるいは困り顔で、批判、批評と文句を連ねる者。


 皆、彼とは距離を置いたところにいて、誰も彼に寄り添おうとはしない。彼を知ろうとはしない。

 上から目線で理解わかったような顔をして、彼の欠点をことさらに指摘し、彼のほうが周囲に合わせるよう求めている。


 ――ああ、そうか。わたくしも同じだわ。


 今なら、彼の辛辣な態度も理解できた。

 彼にとっては、皆が敵だったのだ。

 笑顔がダメだったのではない。笑顔は基本でしかなく、そこから先を考えていなかった自分がダメだったのだ。

 相手に寄り添おうと、彼と解り合おうと努力し、自身を向上させようとすることをおこたったから、うまく行かなかった。彼の気持ちを考えていなかったこと、自分の価値観、常識、正義を基準にし、それを彼に押し付けようとしていたことを悟られていたのだろう。

 ずっと、彼はなぜ自分の立場を考えて動けないのだろう、と思っていた。皆ができていることができない彼をどこか下に見て、呆れていた。

 けれど、自分の立場を受け入れられなくて、一番苦しんでいたのは彼自身ではなかっただろうか。


 誰もが疑問を持たず、生まれた家の、さらにその家の中での立場を心から受け入れているかといえば、それは違う。腹を立てたり、上の兄弟を蹴落とそうとしたりする者も多い。ただ、そのほとんどは諦め、または心を殺し、隠し、周囲に合わせて振る舞っているだけだ。

 それができなくて、必死に足掻あがいて、藻掻もがいて。

 私はそんな不器用ながらも必死だった彼に、足掻くのは止めて仲良く一緒に受け入れましょう、と笑顔で手を差し出していたのだ。彼が私の手を跳ね除けるのも当然だろう。


 ――誰も、自分の苦しみを理解してはくれない。

 ――なぜ、自分が。自分だけが。


 苦悩と、孤独と。そして、無理解からの圧力プレッシャー

 フィルメリア殿下の心の内は、自由がない境遇への不満と恨みと、それらへの反感で満ちていたのかもしれない。

 この広い世界のどこに生まれても、環境――土地、貧富、家族、人間関係、容姿、健康状態――は一人として同じものはない。そして、その現実を受け入れることも、昇華することもできない者は、個人の小さな力では動かせない、変えられない何かを憎み、怒り、足掻くしかない。苦しみ、暴れまわる心を制御できず、振り回され、苦しんでいる。


 ――痛みが出たところに原因があるとはかぎらないのですよ、お嬢様。


 ふと脳裏に蘇るのは領地で魔女と呼ばれている、薬師の老女の言葉。

 悪いところをかばうために、他のところへ負荷がかかってしまうことがあるのだ、と言っていた。


 ――あの子が口をきけないのは、あの子が悪いわけじゃないんですよ。あの子はあの家の中で一番、繊細で弱かった。ただ、それだけです。


 そして、教会の神父様の悲しそうな顔が思い出される。

 その少女は夫妻の怒鳴り声の中で育ち、臆病で内気になり、さらには声が出なくなってしまった。原因は夫妻にあるのに、自分たちが声を奪ったくせに、二人は少女を責めた。あんなところにいたら、彼女は壊れてしまう、と彼は少女を引き取った。


 ――フィルメリア殿下も、あの少女と同じなのだろうか。


 気にかけてはいるものの、フィルメリア殿下を跡継ぎにするという、結論ありきの陛下(父親)

 人当たりは良いものの、距離を感じる優秀な弟。

 私の家と比べると、どこかいびつで寒々しい家族。

 そんな中で自由もなく、全て勝手に決められていく未来に、彼は何を感じたのだろうか……。


 彼を知ろう。

 彼と、ちゃんと向き合おう。

 彼を孤独と苦悩から救おう。

 私は決意も新たに前を向いた。


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