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追い詰める第二王子




「……殿下もこの辺りの棚に探しものがあったのですよね? わたくしったら、気が利かず申し訳ございません。わたくしは丁度、探していた書籍を見つけたところでしたので、そろそろ失礼いたします。本日は思いもかけず、殿下にお目にかかれて光栄でしたわ。では、わたくしはこれで――」


 ――そうはさせない。


 逃げ出そうとする彼女にすっと心が冷え、衝動的に腕を伸ばした。彼女は目を見開き、自分の手首を拘束する私の手を見つめている。


「殿下……?」

 動揺する彼女を見て、私は暗い満足感を覚えた。


「『足が痛い原因が、足にあるとは限らない』って、どういう意味か、分かるか?」

「え……?」

「分かるか、レディ・カティナベル?」


 戸惑った様子の彼女をじっと無表情で見つめ返事を待っていると、彼女はええと、と口ごもりながらも口を開いた。


「うちの領地にいる、お医者様が話していたのを聞いたことがあるのですが……」


 足が痛い、腰が痛い。

 患者はそう言って、痛む患部をどうにかして欲しいとやってくる。

 でも、その原因が痛む足腰にあるとは限らないらしい。

 首に怪我をした後に腰が痛むこともあれば、問題のある患部を庇うためにおかしな歩き方、動き方をするせいで、無理した別の部位が痛む。また、その痛みを避けるために動くことによって、更に別の部位にしわ寄せが言って、体のあちこちが痛む――そんな悪循環を繰り返す患者もいるらしい。


「どういった状況で言われたのか分からないので自信はありませんが、たぶん、足――つまり問題が出ている所をいくら調べても原因は見つからない、とか、痛みは取り除けない、というようなことが言いたかったのではないでしょうか」


 兄の婚約者は困惑しながらも、生真面目な彼女らしく質問にはしっかり答えてくれた。そして、そのお医者様とやらが言っていた話を続ける。


「……お医者様いわく、人間は全体と細部を同時に認識できない生き物なんだそうです。だから、理解するためにどんどん世界を細切れにしていくんだって。『これは手、これは足』『これが大地でこれが地上、これが天』っていうふうに。でも、実際には世界に境なんてなくて。だから、人間の作った概念がいねん線引せんびきなんて小さな枠組に固執していると、何事もうまくいかないし、いろんなことを見逃してしまうんだ、って……」


「……なるほど?」

 最後の話はよく分からないが、あの日、彼女が言いたかったことはよく分かった。


「つまり、兄上が症状が出ている足で、僕たちが治療すべき患部、ということだな?」

「っ……?!」


 彼女は話しながら何か別のことに思いを馳せていたようだったが、私の淡々とした発言に顔を上げ、目を見張った。私が意識して作っている無表情を前に、白い喉がゴクリ、と音を立てた。

 そのまま観察していると、彼女は小首を傾げ、困惑したような笑みを浮かべた。


「……申し訳ありません、なんのお話か分からないのですが……?」

「ん? もう、忘れてしまったのか? つい先日、君がいったんじゃないか。王城の庭で」


 絶句する彼女の顔は、この薄明かりの中でも青白く見えた。だが、それでも浮かべていた微笑を消さずにいることに少し感心しつつ、私は続ける。


「女性二人が護衛もつけずフラフラして、そうのうえ、あんな、いつ誰が来るともしれない場所で微妙・・な内容の会話をするのは、王太子妃になろうという令嬢にしては不用心が過ぎると私は思うんだが……君はどう思う?」

「……」


 ネズミをいたぶる猫はきっとこんな気持に違いない。なるほど、いい趣味をしている。そんなことを考えながら、私は彼女の出方を待つ。

 表情を変えず、無言を続ける態度は流石さすがだ。陛下が王太子妃候補として選ぶだけのことはある。今は、どのように対応しようか高速で思考を巡らせているのだろう。


 ――さて、無様ぶざまに足掻くか、謝罪と懇願こんがんで泣き落とそうとするか。それとも……?


 彼女はすっと目を閉じると、黙り込む。私はそんな彼女を観察する。心を落ち着けるかのようにゆっくりと呼吸を繰り返し、その白く華奢きゃしゃな手はギュッと握りしめられてわずかに震えていた。

 そんな彼女に冷めた視線を向けていると、ようやく、彼女が目を開けた。――そして、こちらに真っ直ぐと向けられる視線に、我知らず息を止めた。


「そうですね、迂闊うかつでしたし……、油断していたのでしょう。お恥ずかしい限りです」


 淡々と返す彼女の反応が意外で、言葉に詰まる。


「でも、この件について殿下と話す機会が持てたのは僥倖ぎょうこうでしたわ」


 無表情を続ける私に対し、彼女はぎこちなく微笑んだ。


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