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忍び寄る第二王子




 本棚の前に立つ彼女はすっと背筋を伸ばし、生真面目な顔で背表紙の文字を順に追っている。その迷いのない動きから、何か面白そうな、興味を引くものを探しているのではなく、目的があり、必要とする物を探しているのだと察する。彼女には、ついでに何か他のものを見繕おうとする柔軟さというか、ゆとりというものは微塵もなかった。

 この書庫で娯楽目的なはずもないのだが――この別館に娯楽目的で来るような人間は、この学園の教授陣や一部の変わり者ぐらいだ――それにしても隙というか、遊びが全くない。変わったタイトルに目を留めたり、内容がまったく予測できないタイトルの本の中を覗いたり。または、探している資料と似た内容かもしれない書籍に手を伸ばしてみたりしても良いと思うのだが、彼女はまるで任務をこなすかのように、淡々、着々と、仕事を進めるかのように本を探していた。


 ――やっぱり、つるぎだな……。


 私はその姿に第一印象と同じ感想を持つ。

 剣を生業なりわいとする側近の護衛たちにはなんとなく言う気がせず、口にしたことはない。だが、彼女を見かける度、どうしてもその姿に重ね合わせてしまう。

 研ぎ澄まされ凛とした、真っすぐで、美しい――炎の中で鍛え上げられた冷たいはがね

 私は腕を組むと軽く本棚に寄りかかり、しばし彼女を見つめた。

 どれほどそうしていただろうか。しばらくすると彼女は目的の本を見つけたようで、それを本棚から抜き出したところで、ようやく自分が一人ではないことに気づいたようだった。

 薄明かりに包まれた、人気のない館内に他人がいたことに、ビクリと肩を震わせて一歩、後ずさる。


「……殿下?」

 だが、すぐに私が誰だか気づいたようで、わずかに目を見開いた。その顔は一瞬の緊張から困惑へと変わっていく。


「やあ、レディ・カティナベル。こんなところで会うとは奇遇だな」

 私がおもむろに体を起こし、ニコリと微笑むと彼女も素早く切り替え、私と同じような笑みを浮かべた。とても綺麗で、とても整った笑顔だ。


「ご無沙汰しております。このような場所で殿下にお会いできるなんて、僥倖ぎょうこうに存じます」


 いつからいたのか。

 偶然なのか。

 偶然でないなら、一体、なんの用なのか。


 笑顔の裏で、高速で思考を巡らせているであろう彼女の顔を眺め、なんと切り出そうかと思考を巡らせつつ、関係のない話を口にする。


「そういえば、いつも一緒にいる彼女はどこだ? まさか、一人きりというわけじゃないだろう?」


 入ったところを目にし、衛兵に確認までしたのだから白々しいことこの上ないが、意識の半分が別のことに気を取られているせいで、先程から気にかかっていたことが口をついて出る。


「ええ、もちろんですわ。セラフィオーネにはあちら側の本棚にあるはずの資料を探してもらってますの」


 彼女の視線を追えば、吹き抜けの向こうにこちら側と同じように本棚が並んでいる。

 彼女が言うには、王太子妃教育の一環いっかんで書くことになったレポートの資料として、ここにある本が数冊、必要らしい。


「だが、いささか不用心ではないかな? こんな人気のない場所にご令嬢だけで来て、あまつさえ一人行動を取るなんて」


 笑顔は崩さずにいるものの、非難めいた物言いに彼女の表情がこわばった。


「まぁっ! この学園の警備の厳重さは王城にも劣らないほどだと言われていますのに、大げさですわ。それに……」


 コレ・・もありますもの、と彼女は左腕のバングルを撫でた。

 幅の広い、金属のような素材で作られたバングルは学園入学時に渡され、魔術師となった者はその後、生涯つけ続けることが義務付けられている。

 その機能は、自身が魔法を使った形跡だけでなく、周囲で使われた魔法の痕跡が残る、というものだ。

 おおよその時間しか分からないものの、バングルの持ち主が魔法を使ったのか、周囲の者が使ったのかが。また、どの順番でどのような種類、規模の魔法が使われたのかが記録されるため、事件が起こった際はこのバングルを確認される。

 しかも、一時的に付け外しした場合も記録に残り、外す前の記録も消えないため、証拠隠滅は難しい。激情に駆られた犯罪は防げないものの、このバングルによる一種の監視が魔術師の犯罪抑止になっているのは確かだ。


「もし、愚かにも攻撃を仕掛ける者がいたところで、わたくしでしたら防御の魔法でしのげますし、衛兵もすぐ駆けつけてくれるはず。心配ご無用ですわ」


 言い負かしてくる眼の前の女性に苛立ち、いくつもの反論が頭を過ぎったが、第二王子である自分も一人きりなのだ。藪蛇やぶへびにしかならないだろう、とぐっとこらえて話を変える。


「……そうか。差し出がましいことを言ってしまったようだな。だが、君は兄上の婚約者だ。心配してしまうのは許してくれ」


 苦笑交じりにそう言って見せれば、「婚約者」という単語に一瞬、笑顔がひきつったものの、彼女はすぐに取り繕い、私の心配りに対し感謝の意を示した。

 ――そして、不自然な沈黙が続く。


★おもむろに

ゆっくりと、静かに、落ち着いて行動する様子の意。

※誤用が多い単語として有名。今現在、上記以外の意味は持たない。


★あまつさえ

そのうえに。それだけでなく。おまけに


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