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後を追う第二王子




 私が彼女・・に気づいたのは、学園の本館を出たときのことだった。

 学園では魔法の歴史、理論、実技を学ぶが、それらは午前中に終了する。

 その後は皆、貴族として夜会に出るための準備を始めたり――主にこれは女性陣が多い。メイクやヘアアレンジ、気まぐれによるドレスの変更などと、一日がかりで行う者が多いようだ――約束していたお茶会に参加したり、求愛中の女性と出かけたりと、貴族としての社交やら買い物等にいそしむ。

 私も第二王子としての執務や視察、個人的な社交など、やることは多く、時間を惜しんで足早に立ち去るのが常だったが教授の一人と話し込んでしまったため、この日は遅くなってしまった。

 だから、いつも以上に早く歩を進める私の視界に入った銅色あかがねいろの髪に足を止めたのは――彼女を見つけたのは、ただの偶然でしかない。新品の銅貨のように、日差しにきらめく艷やかな髪を視界の隅で認め、思わず視線が追ったのだ。


 彼女は先日も一緒にいた、お目付け役のセラフィオーネと二人で歩いていた。だが、彼らが向かった先が馬車が並ぶ車寄せではなく、別館の書庫であることに気づき、私は眉をひそめた。

 書庫は通称「第二図書室」と呼ばれ、主に二つの区域に分かれている。

 いわゆる書庫として、貸し出し可能な古い資料や、貸し出し不可の貴重な資料などが保管されている関係者以外立ち入り禁止区域。

 また、教授たちによる研究報告書や研究論文などが収められた、入館者が閲覧可能な区域だ。

 学園は研究所といった面が強く、午前中のみの生徒への授業は実際の所、生徒という新世代の魔術師の観察、研究のための教授たちの実験場なのだ。

 そのため、生徒には第二図書室などと呼ばれている別館だが、教授陣にとっては別館である書庫のほうが主で、本館にある小さな図書室などおまけでしかない。生徒という名の、研究支援者たちの子どもたちへのサービス、ぐらいの認識なのだ。

 そんな事情があるため、書庫には生徒はほとんど近寄ることがなく、主な利用者である教授陣も午前の実験後、ランチという名の実験報告会が終わるまで、使用者はほとんどない。

 つまり、今の時間は巨大な資料館の中はほとんど人気ひとけがなく、そんな場所に彼女たちは二人だけで向かっているのだ。


 ――王太子の婚約者として、彼女はもう少し警戒心を持つべきだな。


 先日の庭でのことと言い、危機管理がなっていないようだ、とため息をつく。


「この後は、書類仕事だけだったな。悪いが、馬車にはもう少し待ってもらってくれ。私は書庫に用があるのを思い出した」


 書庫の前に立つ衛兵に扉を開けてもらうと、二人は中へと入っていく。側近も彼女たちの姿に気づいたはずだが、ただうなずいて馬車へと言伝ことづてに向かった。私は残った護衛二人と共に書庫へ向かう。

 扉の前の衛兵は、めったに生徒が来ない別館に立て続けに生徒が来て驚いたのか、戸惑った様子だった。


「今、入館者が何人いるか分かるか?」

「はい。司書が一人いる他は、女性二人だけです」


 慌てたように彼は背筋を伸ばし、ハキハキと答える。その姿を見て、彼が困惑しているのは自分が原因かもしれない、と思い至る。第二王子が書庫なんかにわざわざ足を運ぶなんてどうしたのか、と思っているのかもしれない。


「……だそうだ。私は自由に閲覧したいから、離れていてくれ」

「そういう訳にはいきません」


 護衛の一人の眉間にシワが寄る。衛兵の手前、私は特に言い返さず、そうか、と頷き中に入る。

 そして、扉が閉まると同時に指示を出した。


「エリックはこの入口を見張っていおいてくれ。誰か入るようなら、とりあえずお待ちいただけ。呼んでくれれば、静かな館内だ。まず間違いなく聞こえるさ」


 渋面で黙り込む堅物のエリックをここに足止めし、融通の聞くステファンを連れて行く。エリックが不満そうにしているが、気づかないふりをした。今のところ、そこまで警戒する必要がないことは分かっている。学園の警備と私自身の実力も含めれば尚更だ。彼が不服そうにしつつも私の指示に従っている時点で、問題はない。私が彼を最終判断の基準にしていると知ったら、彼はどんな顔をするだろう。私は愉快な気持ちで歩を進めた。

 館内は紙とインクの匂い、そして静寂に包まれていた。人の気配はまったくなく、この目で彼女たちがここへ入っていくのを見ていなければ、誰もいないのだと思うところだ。図書館独特の、誰もが文字を追い、そのために動かされる手足だけが音を立てる「沈黙」がここにはない。 

 薄明かりに照らされた飴色の世界で顔を上げれば、吹き抜けから見える上階にもずらりと並ぶ本棚が見える。

 彼女たちから間をおかず入館したはずだが、この広い館内で彼女を見つけるのは大変そうだ。ため息を付きたくなるのは堪えたが、眉間にシワが寄る。

 入ってすぐのとこに多角形のカウンターがあり、司書である年配の老人が座っているが、食い入るように手元の本を覗き込んでいるため素通りする。一度、礼儀として声をかけたことがあるが、用もないのになぜ読書の邪魔をする、と問い詰められて以来、彼には挨拶をしたことがない。彼にとっては、利用者へ対応する一分一秒が惜しいのだ。

 私も無駄にできる時間はない。

 本棚の間を覗いては足早に通り過ぎる。

 一階の確認を終えた私は、上階の確認を始めてすぐのところで彼女を見つけた。


<蛇足、または裏設定>


 入学後、本好きの誰もが一度は書庫に訪れる。そして、噂話に疎い者は必ず失敗する。そして、第二王子は噂を知ってはいたものの、王族故に失敗した。

 王族として、教えを請う相手に礼を失してはならない、と。また、王族故に、一般の生徒と同様には扱われないだろう、と。

 油断して、笑顔で社交辞令とバレない社交辞令をいつもどおりに言おうとしたところ、書籍という餌を貪り食っていた獣に威嚇された。

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