立ち去る第二王子
「『彼が悪い。あなたは悪くない』なんて。そんな、ありふれたセリフも、彼の悪口もあなたは求めないのね」
柔らかで、涼やかな声が発せられ、一緒にいた人物がカティナベルのお目付け役だということに気づく。
たしか、セラフィオーネという名だったはずだ。彼女はいつも冷静で冷めた瞳をしている印象だったが、こんな優しい声も出せたのか、と少し驚く。
嘆きたくない。
愚痴りたくない。
悲観したくない。
――そして何より、諦めたくない。
だが、どうしたら良いのか分からず途方にくれている。
そんな少女に、セラフィオーネは微笑を浮かべた。
「……そうね。嫌な自分が見えると、気分が落ち込むものよね」
彼女の穏やかな、共感するような物言いにカティナベルは顔を上げる。
「ねぇ、泥水が入った器にキレイな水を注ぐとするわよ。そうしたら、汚い水が溢れて出てくるじゃない?」
「え? えぇ。そうね」
突然の話題にカティナベルはただコクリとうなずいた。
「それで、『まぁ、なんて汚いのかしら』って、ほとんどの人は顔をしかめて水を注ぐのをやめるかもしれない。でも、それでも根気強く、何度も、何度も、きれいな水を注ぎ続ければ、少しずつ、少しずつ、器の中の水はキレイになって、溢れ出す水にもゴミが混ざらなくなる」
理解の色が見え始めた少女の瞳に、セラフィオーネは笑みを深めた。
「あなたも同じだわ。人は努力をすれば、必ずダメな自分と向き合うことになる、そこで、自分はダメだ、って落ち込む必要なんてないの。嫌な自分が見えるようになるってことは、あなたが努力しているってこと。汚い水が溢れて、あなた自身が少し成長している、ってことだもの」
「わたくしが、成長している証拠……」
カティナベルは胸に手を当てて、言葉を噛みしめるようにつぶやく。
「……フィオネ、ありがとう」
顔を上げた彼女は、晴れ晴れとした笑みを浮かべていた。
その表情に目を奪われた私だったが、直後、複数の女性が笑い合う微かな声を捉えて慌てた。
この寒空の下、庭で何をしているのか、と声をかけられたりしたら、盗み聞きしていたことが彼女たちにバレてしまう。
誰かに見つかる前にその場を離れようと、そっと背を向けたその時だ。
「こんなことになる前は、わたくしも彼が悪いのではないかもしれない、と思い始めてはいたのよ。ほら、前に話したことがあったでしょう? 足が痛い原因が、足にあるとは限らないって」
私は次の言葉に凍りついた。
「本質的な問題は、彼の家族にあったんじゃないか、って考え始めたところで……」
思わず、足を止めたところで、先程より近くから少女たちの笑い声が上がる。
私は後ろ髪を引かれる思いでその場を立ち去った。




