傍観する第二王子
兄の婚約者、公爵令嬢カティナベル。
彼女への第一印象は、剣のような女だな、というものだった。
ピンと伸びた背筋と、はっきりとした物言い。正確無比と形容したくなる所作に、真っ直ぐな眼差し。
四角四面というには社交性があり、融通が利く。
明確な意思表示をするが、感情的ではなく。
所作は美しさがあるものの、華やかさよりも、その生真面目さが漂う。
ただの鉄ではない。鋭く、冷たい――そして美しい剣だ。
あの兄のサポート役としては、なかなか良い人選かもしれない、と思える女性だった。
外交は言うまでもなく、国内をまとめることすら、兄では不安がつきまとう。そのため、冷静に、毅然とした態度が取れる彼女が選ばれたのだろう。
私はそれまでと同じように、兄とその婚約者を離れた場所から冷めた目で観察していた。自分の考える脚本の中で、どのような役割を果たしてもらおうか、と考えながら。
だが、兄と婚約して一年ほどで彼女の表情に陰りが見えるようになった。
――何が、婚約者だっ! 父上たちが勝手に決めただけで、私はお前など認めていないっ!!!
兄はカティナベルに対し不満顔でだんまりを決め込んでいたが、二人きりになったと思った途端に吐き捨てた言葉がこれだ。夜会の会場の片隅で、他と距離を取れたと思って油断したのだろう。兄はいつも詰めが甘いのだ。
カティナベルの方はといえば、私が彼の背後から近づいてくるところだったのに気づいていたため、いたたまれない様子だったのをよく覚えている。
その後も兄は彼女に反感を持ち続け、彼女のやることなすこと全てに難癖をつけ、嫌悪の感情を隠しもしなかった。
だが、彼女はその生真面目な性格と寛容さから、兄を一緒に国を治めるパートナーになるのだから、と親交を深める努力を続けていた。相手は無言で顔をしかめ、背け、立ち去って、と子供のようなことばかりを続けていたが、彼女が友好の笑みを絶やすことはなかった。
彼女のそうした態度――何事にも努力し、真摯に向き合おうとする姿勢――から、彼女は上層部の人間の好意と信頼を得始めていたが、それも兄の癇に障ったようだ。自分への評価との差に腹を立て、疎外感も感じていたのかもしれない。
だが、それも仕方のないことだ。
注意をされれば、不貞腐れ、無言。または、癇癪を起こす。
たまたまああだった、こうだった、と言い訳を並べ立てるか、注意した人間を悪し様に言う。そして、周囲に同意を求め、お愛想の笑顔に自分の正当性が認められた、と満足し、態度を改めることもない。
注意を、自分への否定としか受け止められない。向上心も反省も感じられない兄の態度と行動は、国王である父上とその臣下たちの長年の悩みの種だったのだから。
問題児は意見を求められない。
優秀な人間には、好意と信頼が寄せられる。
世間とはそういうものだし、当然のことなのだが、愚鈍な兄は理解できないようだった。
本当に、頭が悪すぎてどうしようもない。
私が兄へ向ける視線は、より冷え冷えとしたものになった。
…… 今思えば、私はただただ兄が嫌いだったのだ。
だから、彼の一挙一動に苛立ち、分析し、一々こき下ろしていたのだと思う。
そして、私は兄だけでなく、彼に対して四苦八苦する上層部も、婚約者の彼女も愚か者だと思っていた。いや、自分が嫌悪していた兄を切り捨てない彼らに不満を感じ、それゆえに蔑んだ。
周囲に認められるために努力しない、成長しようとしない。
そんな人間に思い悩む意味が、私には分からなかった。
人は簡単には変われない。
まして、変わろうとしない人間は、どこまでも堕ちていくだけだ。
兄のような人間はさっさと切り捨てるべきで、そうしている自分こそが正しい。私はそう信じ、そうしない者たちを頭が悪い、と見下していた。
あまりに狭量で、傲慢な考え方だったが、あの頃の私はそんな自分に気づいていなかった。
その後、いつまで経ってもカティナベルは兄を切り捨てようとはしなかった。
彼女は優しさのためか、はたまた生真面目さのためか。
王太子妃として兄を支え、諌めなければ、と必死に彼と関わり続けた。
だが、彼女がいくら努力しようとも、兄は彼女が差し伸べた手を無視し、時に振り払った。
彼女も、関係が悪化するばかりの兄に諌言など、本当はしたくなかったに違いない。
だが、未来の王太子妃としての義務と責任から、あの生真面目な少女は嫌な仕事に一生懸命になってしまったようだ。もしかしたら、あの優しさから、困っている周囲のために、と奮い立った可能性もある。
――王太子に直接言えるわけがない。
――王太子を諌めるのが、婚約者の努めだ。
――まさか、国王や第二王子に苦情を言えるはずがない。
そんな言い訳をしながら、私のダメな兄についての相談事を持ち込む人間はいくらでもいた。彼女が優秀さを示せば示すほど、その数は増えた。
学生である少女に「どうにかしてくれ」と泣きつく人々。私は彼らを蔑むように見ていたが、彼女は相談されたことは自分が解決しよう、と。「自分がなんとかしなければ」と、兄を諌めようと試行錯誤していた。
だが、結局、彼女の努力も誠意も兄には届かなかった。
彼は自分の承認欲求を満たしてくれる少女を見つけ、逃げ出した。
それでも、彼女の元へは兄についての不満と苦情が集まってくる。
私はその様子を、相談する者たちも、相談を受ける彼女も愚かしい、と相変わらず傍観を続けていた。
だが、そんな私を彼女――見下していたはずの少女が変えた。
★諌める
主に目上の人に対して、その過ちや悪い点を指摘し、改めるように忠告すること
★狭量
人を受け入れる心が狭いこと。度量が狭いこと。




