別れ話
少女がひゅっ、と息を呑む音に顔が歪んだ。
だが、それでも言わなければならない。
この身体の持ち主だったフィルメリアのように、責任と義務から逃げたくはなかった。
「私は貴方とは結婚できない。愛人や妾として、そばに置くこともできない。……できれば、貴方には国王陛下が選んだ人物と結婚してもらいたい」
少女の顔にぎこちない笑みが浮かび、その身体は震えている。
「……いやだ、もう。殿下ってば、何を言っているの? そんな、たちの悪い冗談……」
少女のか細い声は震え、途切れた。
「……私は今後、弟の臣下として、彼と国のために生きることを決めた。だから、貴方とは結婚できない」
私の王位継承権は残された。
理由は、私達兄弟以外の継承権を持つ者の顔ぶれが良くないからだ。遠縁の彼らは血筋と能力の面で酷く劣っており、泥沼の争いになるのは確実だとか。
国の安定のため、今の地位を捨てることは許されないそうだ。弟のスペアとして生きることを求められ、私は承諾した。
なんとなくだが、もし、ルルリアナの為に出奔でもしようものなら、彼女の命はないのではないか、という不安を感じたのもある。そういった不安を煽るのが陛下の手なのかもしれないが、試したいとは思わない。
それに……。
私は本音を飲み込み、彼女が受け入れやすい事実をあげる。
「今後、私は国王となる弟とカティナベルに仕え、支えることになる。これから先ずっと、私と一緒に夫婦として彼らと顔を合わせるなんて、君もしたくないだろう? 夜会に出るたび、王妃だけじゃなく、周囲の目も気にすることになるはずだ」
ルルリアナはキュッと唇を引き結び、答えない。
認めたくないが、嘘でも否定できないのだろう。
――王妃から昔、婚約者を寝取った女。
――王子を誑かして王妃になろうとし、失敗した女。
今後、そのようなことを一生言われるはずだし、私のそばにいれば噂が風化する可能性もなくなるに違いない。
また、私でさえ、フィルメリアの浮気が原因で別れた女性が王妃、いわば上司になるのは気まずいのだ。
それが、婚約者を寝取った本人であれば――しかも、夫婦揃って跪かなければいけない立場だ――どれほど居心地が悪いだろう。普通なら、遠慮したい状況のはずだ。
「……なんで? だったら、わたしと一緒に逃げてくださればいいっ! お願いです、わたしと一緒に逃げましょう? 平民として……。ううん、他の国でなら、結婚だって……」
縋りつく彼女に、私はただ首を振る。
「じゃぁ、愛人でもいいですっ! それなら、問題ないでしょう?」
私は彼女の希望に応えられないことに罪悪感を感じ、うつむき額に手をやった。
「……すまない。それは、無理だ。できない。……いや、したくない」
「……んでっ、なんで、そんな酷いことを言うのっ?!」
最初、頭で考えていた間はできると思っていた。フィルメリアの代わりに、彼女に贖罪をし、できる限り要望に応えようと。自分の心を殺して、正しい行いをすればそれでいいのだと。
だが、それは自分の頭の中で考えた、空想でしかなかった。
陛下に継承権の放棄と、ルルリアナとの結婚を認められなかった時、私は安堵したのだ。
そんな自分に気づいた時、私は自身を酷く嫌悪した。
なんとか、ルルリアナの要望を叶えることができないか、と思索した。
だが、彼女の――ルルリアナという現実の一人の人間の前に立った時、そんな理想という型に現実を当てはめるのは、到底無理だと気づいてしまった。
自分ひとりの努力で一生、少女の幸せを担い、嘘をつき続けるなんてできない、と。そんな嘘を基盤に、幸せを築けるはずがない、と。
「わたしは、あんなにも貴方につくしたのにっ! どうしてっ! どうして、こんなにも愛しているのに、想いを返してくれないのっ?!」
彼女の悲痛な叫びに、言うつもりのなかった本音が口からこぼれ落ちた。
「私は……。私は貴方を愛しているようなふりをして、一生をかけて貴方を騙し続けることなんて、できない。もし、できたとしても、貴方が心の底から騙され続けてくれるほど愚かだとも思えない」
「……っ」
「これまでも、貴方は本当は分かっていた。だから、献身を続けていた。そうやって、愛を請い続けていたんだろう?」
愛してほしい、と。
彼女が媚びるように献身を続けたのは、つまり、そういうことだ。
ルルリアナは耳をふさぎ、いやいや、と首を振る。拒絶するように後ずさり、私と距離をとろうとするその姿に胸が痛んだが、私には話す義務がある。彼女に近づくと、腕を掴んだ。
「今後の選択肢について話す。ちゃんと聞いて、考えてくれ」
「いやっ! 聞きたくないっ!!!」
「いいや、聞いてもらうっ!」
私の強い口調に身体を固くし、わずかに怯えを滲ませた瞳がこちらを見た。
「国王陛下は君にも配慮してくださった。とりあえず、陛下の用意した結婚相手の話を聞いてくれ」
懇願する私を彼女は黙って見つめていたが、やがて小さく頷いた。




