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第十九話 敦君と可愛い服

「みー姉、服選ばないの?」


「いや、選ぶぞ。せっかく来たしな」


みー姉はそう言うと、悪戯っ子のような笑みを浮かべて、


「選んでくれるか?」


と冗談っぽく言う。


「うん、みー姉がいいなら選ぶけど」


みー姉は俺がそう答えるとは思わなかったのか、驚いたような顔をする。


「いいのか?」


「うん。でも絵里さんが戻ってきてからね」


「あ、ああ」


みー姉は珍しく動揺している。


「大丈夫だよ。そんな変な服選ばないから」


自分で言うのもアレだが、俺は服のセンスは良い方だと思う。


「別にそんな心配はしてないが」


「おもいっきり可愛い服にするから。フリルとかついてるやつ」


みー姉の服に『可愛い』といえるような服はないはずだ。


元々身嗜みを気にする人じゃないし、どちらかというと可愛い物よりはカッコイイ系の物を好んでいた。


だから、普段ては違うような服の方が喜ぶかと思った。


「だ、ダメだ、それは」


けど、みー姉はさっきよりも動揺していた。


「何で?」


「そ、それは‥‥」


みー姉は黙り込んでもじもじしている。


いつも強気で飄々としているみー姉のその姿は、こっちの加虐心を煽る。


「何がダメなの?」


「‥‥いから」


みー姉が小さな声で呟く。


「え?」


「に、似合わない‥‥から、可愛いの‥‥」


みー姉の声はだんだん小さくなっていった。


「‥‥そんなこと気にしてたの?」


「そ、そんなこととはなんだ! ボクにとっては」


「似合うよ、きっと」


俺がそう言うと、みー姉は顔を真っ赤にする。


「断言出来ないのに‥‥そういう事言うな」


「だったら余計着てもらわないと。着れば似合うかどうかすぐに分かるし」


「嫌だ。絶対着ない」


「着てみないと分からないでしょ? 着たことあるの?」


俺がそう言うと、みー姉は言葉に詰まった。


「それは‥‥ないが」


「だったらやっぱり着てみようよ。ね?」


それでもみー姉は相当嫌なのか、なかなか頷いてはくれない。


どうしようかと考えてるうちに、向こうから加瀬部さんと萌の二人がやって来た。


「敦さん、ここにいたんですか」


「探したです」


加瀬部さんと萌が、二人共手ぶらでこちらに近づいて来た。


「ごめん、二人共」


「先生も来てたんですか?」


加瀬部さんは、少し不機嫌そうな顔を、一瞬だけ浮かべた。


「あ、ああ。服を買いに」


「可愛い服を着せたいんだけど、どんなのが似合うと思う?」


みー姉の返答を遮って、二人にみー姉に了承を得ないまま質問する。


「な、何を言って」


「先生のそういう服、あんまり見ないです」


「そうですね、銅先生なら」


「本気にするな! 着ないからなボクは!」


「あの~」


みー姉がそろそろ本気でキレそうな時、試着室から絵里さんが出てきた。


「絵里さんも来てたんですか‥‥」


加瀬部さんは、今度は少し笑っている。


「どう、ですか?」


やっぱり俺の目利きに間違いはなかった。


かなり似合っている。


「似合ってますよ。いつも以上に綺麗です」


「あ、ありがとうございます!」


絵里さんの表情がはじけるような笑顔に変わる。


「ところで、何の話をしていたんですか?」


「銅先生の服、どんなのがいいかって話。俺は可愛い服がいいと思うんだけど」


苦虫潰したようなみー姉――銅先生をほっといて、絵里さんに今まで話していた事を伝える。


「可愛い服、ですか‥‥」


「だから! 着ないと言っているだろう!」


銅先生は断固として折れない。


「大丈夫だよ。ちゃんと選ぶから」


「選んでも似合わないんだ」


「だったら、多数決で決める? ちょうど五人で奇数だし」


「意味が分からない!」


なかなか折れない。


「どうしてそんなに嫌がるです?」


「そ、それは‥‥」


萌が訊くと、銅先生はまたもじもじしだす。


「似合わないんだとさ」


俺が代わりに答えると、萌と絵里さんが互いに顔を見合わせる。


「似合わないだなんてことは‥‥」


「ないと思いますが‥‥」


「だったら、ボクが‥‥その、可愛い服‥‥を、着てる所を想像してみろ!」


銅先生はかなり必死になってる。


そんなに着たくないんだろうか。


三人を見ている俺の肩を、加瀬部さんが軽く叩いてきた。


「敦さんは、銅先生に可愛い服着せたいんですか?」


そう言われて、俺はようやく元々の気持ちを思い出した。


可愛い服を選ぼうとしたのは、似た服より、持ってないものをあげたほうが、銅先生が喜ぶと思ったからだ。


だけど、つい銅先生があたふたするのが面白くて、その気持ちをすっかり忘れて着せる事が目的になっていた。


まさに本末転倒。


「いや、ないものあげた方が銅先生が喜ぶかと思って」


俺がそう答えると、加瀬部さんは呆れたような顔になった。


「‥‥やっぱり、敦さんって‥‥」


「何?」


「あ、いえ、なんでもありません」


加瀬部さんはそういうと、いつもの笑顔に戻る。


「ともかく、敦さんが選んだものなら、銅先生はなんでも着てくれると思いますよ」


加瀬部さんは、いきなり何も根拠がない事を言い出した。


「まぁ、それなら嬉しいけど、可愛い服にするって言ったらあんなに拒否してるんだし、なんでもってのは」


「じゃあ、試してみます?」


加瀬部さんは、悪戯っ子のような笑みを浮かべて銅先生の方を向いた。


「銅先生」


「なんだ」


「可愛い服、着たくないんですか」


「さっきから何度も言ってるだろう」


「敦さんが選んだ服でも、ですか?」


加瀬部さんがそう言うと、銅先生は少し動揺していた。


「あ、当たり前だ」


まぁ、分かってた事だけど、やっぱり服は銅先生が持ってる服っぽいのを――


「敦さんが可愛い服しか選ばなかったら、どうするんですか?」


俺が考えてるうちに、加瀬部さんが続けて訊くと、銅先生の動揺が激しくなった。


「そ、それは」


「着るんでしょう?」


「着ない!」


銅先生がきっぱりと言い放つ。


加瀬部さんは、それを聞いて少し不思議そうな表情をして、ぶつぶつと何かを呟き始めた。


「そんな‥‥だって‥‥この男‥‥好き‥‥言って‥‥あの‥‥間違い‥‥でも‥‥動揺

‥‥」


小さい声で、全部は聞き取れない。


「何をぶつぶつ言ってるんだ?」


「あ、いえ、なんでも」


加瀬部さんがまたいつもの笑顔に戻る。


「とにかく、この話はもう」


「じゃあ、選んでもらわなくてもいいんですか?」


加瀬部さんが、また銅先生に訊く。


「それ、は」


「選んでもらいたいんですよね。似合う似合わないはともかく、男性に服を選んでもらうのがデートの醍醐味ですから」


その言葉で、銅先生と、そしてなぜか萌が過敏に反応した。


「で、デート‥‥」


「そ、そんなつもりは!」


「そうなんですか? てっきりそういう事だと思ってましたけど」


「違う!」


銅先生の動揺がピークに達している。


「とにかくボクは」


「あの」


興奮してる銅先生を絵里さんが静止する。


「とりあえず、敦さんに選んでもらうのはどうですか? 気に入らなければ着なければいいだけですし。このままだと、その‥‥」


絵里さんは言いにくそうに目線を逸らす。


「他の方のご迷惑になりそうですし」


周囲を見ると、他の客がじろじろとこちらを見ていた。


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