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第37話:現代のネバーランド

 フリースクールHOPE)


 花園芽亜里に外出許可が出た。まだ車椅子や松葉杖を使っているが介護者がいれば近所程度なら出てもいいと病院の許可が出たのだ。


「刑事さんたち、私のフリースクールに興味があったんでしたよね? 先生に許可をいただいたのでご案内します」


 こんなことさえなければクラスのアイドル、ドラマや映画で言えばヒロイン役がピッタリな少女だったろうと飯島は少し寂しいような、悲しいような気持ちだった。彼女の頑張った笑顔が印象的だった。


 安陰総合病院の医師であり、花園芽亜里の担当医である森脇医師によると、長い入院生活で花園芽亜里にストレスがかかっているらしかった。そのため外の空気を吸う程度なら外出が許可されたのだろう。


 事件からある程度時間も経過した。解決には至っていないが刑事2人が同行すれば多少の外出もOKということだろう。


「意外に病院から近かったすね。だから許可がおりたのか」


 海苔巻あやめも努めて明るく振る舞う。花園芽亜里を気遣ってのことだ。


 護衛と移動も兼ねて警察も大きめのワゴン車を準備した。彼女は一度「文豪」に殺されかけている。外に出た瞬間襲撃されることも予想された。刑事は飯島と海苔巻の2人がついていた。


 しかし、指定された場所は花園芽亜里が入院している病院のすぐ裏の寂れた商店街。健康体なら歩いて来れる距離だった。


 花園芽亜里は病院前まで車椅子で来て、そこから車に乗り、傍らに松葉杖を起き車椅子は病院に残した。車はぐるりと病院を一周するような形で5分ほどで停車した。


 そこから花園芽亜里は車を降りて松葉杖で一人で立っていた。


「これはまた……見事なシャッター街すねー」


 海苔巻あやめが通りの向こう側まで見渡して言った。


「すいません。公的機関からお金が出ている施設じゃないからあまりお金がなくて……。場所も店舗のオーナーさんのご厚意で貸していただいてる状態で……」


 花園芽亜里は困ったような笑顔で弁解した。


「あ、すいませんす! そんなつもりじゃ……」


 貶していると捉えられたと思い慌てて弁解する海苔巻あやめ。しかし、彼女がそういうのも理解できる程度には寂れた商店街で約150メートルほどの屋根付きの歩行者用道路の両脇に店舗が並んでいるもののほとんどシャッターが閉まっていてほとんどの店舗が営業していなかった。歩行者も全くいない絵に書いたようなシャッター街だった。


「その……あんまりちゃんとしてないから、なにか悪いものを見たら……見なかったことにしてください」


 彼女が慣れない松葉杖で器用に歩きながら、ぺろりと舌を出して言った。


「メアリたん……まじ天使……」

「おい、お前。気持ち悪いぞ」


 顔がとろけまくる海苔巻あやめとそれを見て少し引き気味な飯島。


 商店街入り口付近の店舗のドアを花園芽亜里が開け、2人を招き入れた。どうやら以前は居酒屋だった場所らしい。広めの店内にはカウンターの他に小上がりの席が多くさながら小さなブースがたくさんあるようだった。


 刑事2人が店舗に入っても中には誰もいなかった。小上がりのテーブルの上には教科書やノートが雑然と開いた状態で置かれていた。鉛筆や消しゴムもある。つい今の今まで人がいたかのようなのだが、人っ子一人いない。


「あの……」

「みんなー! 出てきていいわよー!」


 海苔巻あやめが声をかけようとしたら、花園芽亜里が大声で誰かを呼んだ。その声をきっかけに店舗の色々な死角から子どもたちがひょっこり顔を出した。


「子ども……!?」


 隠れていた子どもたちが5人、10人と出てきた。小学生低学年から高校生くらいまで年齢も性別もバラバラだ。


「おいおい。どんだけいんだよ!?」


 戸惑う飯島。


「おねーちゃん!?」

「おねーちゃんだ!」

「もういいの!?」


 次々と花園芽亜里の周りに子どもたちが集まる。


「もうちょっと。もうちょっとね」


 花園芽亜里の周りに子どもたちが集まっていることから、彼女が子どもたちに慕われているのが分かる。


「あの……」

「あっ! ごめんなさい! 久々に顔を合わせたから……。こちらのお二人は刑事さん」

「「「刑事!?」」」


 一瞬で空気が変わった。みんなの警戒レベルが一気に上がったように感じられた。


「あ、違うの違うの。ここを見てもらいたくて。私たちの生活を見てもらって理解してもらいたくて……」

「……」


 飯島と海苔巻が刑事だとわかると急に子どもたちは距離をおくようになった。ただ、花園芽亜里の口添えでその不満を口にするものはいなかった。


「ここはオーナーさんがご厚意で貸してくださってる場所で1階は勉強部屋にしてます」


 花園芽亜里が立ち上がって松葉杖を脇に挟んだまま少し両手を広げ部屋を紹介した。


「勉強って……子どもたちだけすか……?」


 海苔巻あやめが室内をキョロキョロしながら訊いた。周囲はさっきとは打って変わって周囲には子どもたちがいた。花園芽亜里から免罪符をもらった刑事2人はここが彼らのテリトリーで、自分たちの方がアウェイだということを思い出した。


「ここは年上が年下を教えてます。今は動画とかあるから学校の勉強も、これから生きていくための勉強もしてます」


 言われてみれば、あちこちにパソコンやタブレットが置かれていた。


「学校の勉強ってのは分かるが、生きていくための勉強って……?」


 今度は飯島が興味を持ったみたいでイケボで訊いた。


「えとえと、えーっと……、例えばお料理に興味が湧いた子は包丁の使い方からコンロの使い方、野菜の切り方なんかを調べて実践します。車が好きな子が種類や特徴を覚えて営業になったこともあるらしいんです」


 飯島が低いイケボで訊いたからか花園芽亜里があたふたしながら答えた。


「ここには何人くらいいるんすか? あれ? 住んでるんすか!?」

「今は多分20〜30人くらい……? 成人して旅立つ人もいるし、見つかって逃げる子といるし、安定はしてないですけど……」


 花園芽亜里が少し寂しい表情を浮かべた。それでも話を続けた。


「ここは公のフリースクールじゃなくて、募金とか援助とかで成り立ってる私設のフリースクールなんです。親のDVからの避難だったり、いじめだったり、理由は色々だけど、みんなで助け合って生きて大人になって生きていくのに困らないようにする場所なんです」


 彼女の瞳は前向きでここのことが好きなのが伝わった。


 子どもたちを見ると、確かに子ども同士勉強を教えあっているようだ。動画でホワイトボードの前の講師の話を聞いていたり、中には釣りの動画を見ている子、料理動画を見ている子、ラジコンバギーを走らせている動画を見ている子どももいた。もちろん、アニメを見ている子、マンガや本を読んでいる子もいる。


 ここはフリースクールと言っても、学校だけじゃなく、児童養護施設なども兼ねているような場所なのかもしれないと飯島は理解した。改めて見ると、子どもたちはみな少しくたびれた服を着ている。家出中の子どもなどは着替えがそれほどないのだろう。飯島はアップリケなんか40年ぶりくらいに見たのだ。子どものシャツが修繕されていたのだ。


「おねーちゃんは料理もできるし、勉強も教えてくれるんだぞ!」


 子どもの一人が刑事2人に話しかけてきた。単に話を聞いていただけだが、子どもの判断だ。傍から見たらいじめているように見えたのかもしれないと飯島は苦笑いをした。


「そっか。おねーちゃんすげえな」

「あったり前だろ!」


 飯島はしゃがんで子どもの目線に高さを合わせて話した。ここの子どもたちは、先日まで見てきた「文豪連続殺人事件」の被害者の子どもとは明らかに表情が違った。こちらの子どもの方が表情がイキイキとしていた。


「俺たち、また来ていいか?」


 しゃがんだまま花園芽亜里を見上げて訊いた。


「もちろんです。連れて来てもらわないと私は病院から出してもらえなさそうです」


 少しいたずらっ子の表情で彼女が答えた。ここがHOPE(ホープ)、彼女たちの希望。大人のいない世界。現代のネバーランドがそこにはあった。


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