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第30話:彼女の決め台詞

「なんか今日のコーヒー不味くないか?」


 飯島は警察署で書類仕事の最中だった。こんな時にコーヒーは欠かせない。誰か有志がコーヒーサーバーを署内に置いている。置かれたからにはそれをみんなが使っていたのだ。


「私、コーヒー飲まないっすから」

「刑事ならコーヒーを飲め」

「なんすかその昭和」


 〇〇だから□□をするものみたいなテンプレは令和になって壊れつつある。古きは破壊され、そして新しいスタンダードが生まれるのかもしれない。


「なんか変な酸味がある。違う豆が混ざってないか? 豆が無くなって混ぜたろ!?」

「どんだけグルメなんすか」


 コーヒー豆が残り1杯分を切ったとき、正しいコーヒーの淹れ方はなんだろう。


「……2件目の被害者、花園芽亜里だけなんか違いませんか?」

「どういうことだ?」


 それはベテラン刑事の飯島と新人刑事海苔巻あやめが今回の事件の捜査資料を見直しているときだった。海苔巻が何かに気づいて飯島に言った。


「これ見てください。今回の『文豪』連続殺人の被害者の情報をまとめたものです」


 海苔巻あやめは被害者の情報をそれぞれ1枚の紙にまとめたものの束を机の上に並べた。ここまで既に6人の被害者がいたので6枚だ。


「上手な嘘ってどうしたらいいか先輩は知ってるっすか?」

「嘘? そりゃあ、顔に出さないとかか?」

「それもあると思います。でも、もっと悪いやつが使う方法っす」

「……」


 飯島は無言でチラリと海苔巻あやめを見た。無言でもサマになってかっこいいのはイケメンの特権である。


「ほとんど全部本当のことを言うんす。その中の1割から2割程度嘘を混ぜるんす。その量なら誰もその嘘に気づけないっす。普通は」

「……なるほどな」


「大学の実験でもイレギュラーな1つの結果を排除することで正しい結果が得られることもあったんす。これは統計学でもよく使う手法っすね。カレーもルウを混ぜると美味しくなるとか言ってる人もいるすけど、ルウメーカーが研究に研究を重ねた結果より主婦の感覚の方が上のはずないんす」

「おいおい、どうしたんだ。興奮すんな」


 珍しく饒舌な海苔巻あやめに飯島は圧されていた。


「でも、中にはいるんすよ。先輩みたいにコーヒーの豆が混ざったことが分かる人が! 例え勘違いでもそう気づく人が!」

「勘違いかよ」


 ここで海苔巻あやめは立ち上がった。100パーセントのドヤ顔で立ち上がった。


「……どうした? 立ち上がって」

「私は数ある刑事ドラマを見て研究してきたっす! 刑事ドラマは殺人編から解決編に切り替わるとき、探偵役は必ず決め台詞を言う!」


「お前は刑事だろ!?」

「逆もまた真なり! 探偵役が決め台詞を言うとき、事件は解決編に進むんす!」


 部屋には飯島と海苔巻しかいない。観客はいないのだ。


「じっちゃんの名にかけて、真実はいつも1つだから、犯人分かっちゃったんすけど!」

「ひでえな、お前……」


 どこかで聞いたことがあるセリフのつなぎ合わせだった。


「真実の扉は最初からずっとそこにあるんす! ブレイクスルーの扉を発見したら、あとは開けるだけなんす!」

「……それがお前の決め台詞か? さっぱり意味が分かんないぞ!?」


 飯島のツッコミもスルーで海苔巻あやめは席について説明を始めた。


「男女で考えたら、2番目の花園芽亜里だけ女性す」

「……」


 今度は何を言い始めたのかと腕を組んで眉を潜めて傍観する飯島。


「年齢で言えば、ほとんど中年なのに2番目の花園芽亜里だけティーンす」

「……」


「死亡したか、生き残ったかで言えば2番目の花園芽亜里たげ生き残ってるっす。あ、小川は社会的『抹殺』って考えるっすよ?」

「……」


「DVの加害者か被害者かと言えば、2件目の花園芽亜里だけ被害者す」

「……」


 座った海苔巻あやめの目は飯島を上目遣いで見ているので睨んでいるような感じになった。


 DVに関しては、各被害者の家の周辺で聞き込みをしたら、出るわ出るわ。各家で怒鳴り声が近所の人に聞かれていた。明らかに「教育」を超えた声が。


「……で、お前は何が言いたい?」

「花園芽亜里は怪しいです。もう一回各事件のときのアリバイを確認したいす」


「その必要はないだろ。仮に花園芽亜里が犯人説を考えるとして、1人目を自殺に見せかけて殺せたとしても、だ。3人目以降は手足を切られた後だぞ? 繋がっても動かすのに何ヶ月もリハビリしてるじゃねぇか。これはドラマやマンガみたいには簡単に犯人は分からないんだ。刑事のカンと地道な捜査が犯人逮捕に結びつくんだ」


 自分のボサボサ頭を海苔巻あやめがバリバリバリバリと掻いた。


「今回の連続殺人で誰が得するんすか?」

「そりゃ『文豪』だろ。要求は自分の小説を出発することだろ」


「でも、印税はもらえないでしょ? 身バレしたら逮捕されるっす」

「出版自体が目的じゃないのか? 世に自分の本が出るって……すごいことだろ?」


 今度は鼻を触って違う切り口にした。


「花園芽亜里って顔バレ、名前バレ、住所バレしてるんす。今回の件でファンクラブができて募金も集まってるって!」

「そんなもん自分で作れるかよ。募金も100パーセント清らかな気持ちでやってるとは思わないが、金を出す以上は応援したい気持ちもあるんだろ?」


「第一、自分の手足は切れないだろ。それは西村京太郎でも、東野圭吾でも無理だって」


 大好きな作家たちでも自分自身の手足を切り落とすトリックは思いつかないと言われてしゅんとする海苔巻あやめ。今回は飯島が一本取った形だ。


「……まあ、お見舞いがてら話を聞きにいくか」


 飯島は無言で立ち上がる。ちょうどコーヒーも飲み終わった。


 しゅんとしたボサボサ頭の海苔巻あやめの頭を飯島は更にぐしゃぐしゃにして言った。


「ちょっと! ぐしゃぐしゃにしないでくださいっす! 女子なんすから!」

「……お前、それでセットしてるとか言わないよな?」


 こうして入院中の花園芽亜里に会いに行くことになった。

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― 新着の感想 ―
二番目がいくら特殊とはいえ、さすがに彼女が犯人というのは無理がありそうだなあ。 本命を隠すために周辺の事件を連続して起こすっていうのも、定番ではあるのだろうけれど。 さて、本当に犯人が隠したかったこ…
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