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幕間「姫と従者の秘め事」



 城の一角にあるユーティティア・ランバルトの私室。


 天井から壁、床に至るまですべてを白で統一し、聖女の部屋よりも清浄感あふれるこの部屋で、ユーティティアは椅子に腰かけて紅茶を飲んでいた。

 隣には当然といわんばかりにダンダリアンの姿がある。


「残念ね。本当に残念。念入りに計画を練ったのに、何の成果も得られなかっただなんて」


 残念だと口にしつつも、表情には一片の曇りもない。

 むしろ凪いだ海のごとく穏やかだ。


 ユーティティアはカップをテーブルの上に置くとダンダリアンを見つめる。彼は黒いレンズの奥――真っ赤な瞳を愉快そうに細めて笑った。


「えー、それワタシのせいですぅ? 足がつかなかっただけ良しとしてくださいよ」

「それは最低限よ。遠征が成功したのは本当に残念だわ」


 柔らかなストロベリーブロンドが風に遊ばれてふわりと舞う。

 伏せられた睫毛が小さく震えた。


 言葉を発さなければ、それこそ人形と錯覚してしまいそうな美しさだ。微動だにしない眉も、陶磁のような白い肌も、絹のような髪も、全てが作り物めいている。


「ダンダリアン」

「はいはい」


 ユーティティアが手を出し出すと、ダンダリアンは跪いて彼女の手のひらに顎を乗せた。従者かペットか。ユーティティアは唇にほんの少しの愛おしさをにじませて、彼の頭を撫でる。


「敗因は?」

「白の聖女を使って少女を呪い、ダリウス王子に変装して父親の男を言い包め、第三騎士団の遠征を妨害。良い線いくと思ってたんですけど。やっぱりあれですかねぇ」


 ダンダリアンは甘えるように彼女の手にすり寄った。


「魔女様」

「うふふ。何度も何度もお名前を耳にするものね。一度お顔ぐらい拝見しておこうと思ったのに、まさかお店が閉まっているなんて」


 ユーティティアは微笑みを崩さず「残念です」と囁く。


 第三騎士団の遠征が成功した瞬間、彼女の計画は泡と帰した。

 失敗したものがどうなろうと知った事ではないが、まさか最低限の犠牲で綺麗にエンディングを迎えさせられるなんて。さすがに想定外である。


 ダンダリアンの言った通り、足がつかなかっただけ良しと思うべきなのかもしれない。


 少し癪に障るが、これはこれでスリリングさを味わえたと思えば悪くない結末だ。しかし、これからもずっと邪魔されては堪ったものではない。

 ユーティティアには、この計画を成し遂げなければならない理由があった。


「姫さん?」

「人は弱っている時こそ取り入りやすくなるもの。腕の一本でもなくなっていれば、余計な時間を使わずに済んだものを。あの人さえ手に入れば、無能なお兄様も、忌々しい聖女様も、わたくしの手のひらで可愛がって差し上げますのに」


 いくら民衆から支持を集めようと、所詮この身はただのか弱い姫。表舞台に躍り出る事はない。

 ユーティティアの役割は、有力者の家に嫁ぎ子をなす事だけ。

 それはあまりにも――つまらなかった。


「力のないものが力を手に入れるには、力のある者を手中に収める。それが最善です。いくら上手く隠そうとしても綻びはあるもの。真実に気付けば、彼ほどわたくしに相応しい人間はいないでしょう?」

「つまり、諦める気はないって事ですね」

「ええ。だって、ここで諦めてしまえば――」


 そっとダンダリアンの頬を撫で、愛おしげに見つめる

 それは人形ではない、血の通った少女の顔だった。


「ふふ、なんでもありません」

「おやぁ、珍しいですねぇ。言葉を濁すなんて」

「貴方は知らなくて良いのよ」


 カーテンが風に煽られ大きく舞う。

 ユーティティアはくすりと笑って立ち上がり、ダンダリアンへ背を向けた。


「小手先勝負は失敗。なら次は、大胆にいきましょうか」

「ははぁ、直接口説くというわけですか」

「妬いては駄目よ、ダンダリアン」

「ワタシがですかぁ? そんな無粋な事はいたしませんって」


 彼の答えを聞いて、ユーティティアは小さく口を尖らせた。


 分かりきっていたはずだ。利害が一致しているからこその協力関係。

 ユーティティアにとっては力。ダンダリアンにとっては跪くべき主。お互い求めていた人物(もの)が同じだっただけの事。


 最初は、本当にそれだけの関係だった。

 なのに――。


 ユーティティアはくるりと髪をなびかせて振り返った。努めて、努めて、穏やかに。感情の乱れを悟られぬよう、彼女は人形のような美しい笑みを浮かべる。


「嘘よ。妬いてちょうだい」

「まったく、うちの姫さんは我が儘ですねぇ」


 本当に欲しいものを欲しいと言えないのなら、どんな手を使ってでも縛り付けておくしかない。

 大丈夫。まだ手はある。例え全てが失敗に終わったとしても、負ける事はない。


「ええ。わたくし、我が儘ですから」


 全ての真実を嘘で覆い隠して、彼女は今日も一切の乱れなく微笑むのだった。



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