第448話 『 最後の夜 』
……俺達は皆で最後の夕食を食べていた。
メンバーは俺・ギルド・フレイ・カノン・ドロシー・クリス・夜凪・ギガルド・ウィンの冒険メンバーで集まった。
ニアやカグラも誘ったが、遠慮気味に断られた。
「やっぱり、ドロシーの作るご飯は最高だな!」
料理はドロシーが作ってくれた。久し振りに食べるドロシーの手料理は本当に美味しかった。
(……皆で食べるご飯もこれで最後か)
その事実が俺の胸を締め付ける。
(駄目だ、駄目だ……最後の夕飯なんだ、楽しまないとなっ)
俺は暗くなりそうなのを堪えて、勢いよく橙スライムで割った酒を飲んだ。
「……タツタさん、行っちゃやだよぉ」
クリスが涙目で俺の腕に抱きついてくる。
(人が湿っぽくならないようにと気を遣ってるのに、お前という奴は~~~っ)
俺は心中で額に手を当て、溜め息を吐く。
「ねぇ、どうしても行っちゃうの?」
「悪いな、もう決めたんだ」
「えー、やだよー」
クリスが更に胸を押し付けてくる。
(……まずい! それ卑怯だぞ、クリス!)
……いや、ちょっと待てよ。
「酒臭っ! 誰だ、クリスに酒飲ませた奴はっ!」
「俺だけど」
悪気なく挙手するギガルド。
「お前かっ!」
「何、怒ってんだよ。未成年に酒を飲ませた訳じゃあるまいし」
「誰が未成年だよ! クリスは1●歳なんだよ!」
「……えっ、マジで?」
ギガルドは目を見開き、クリスの自己主張の激しい部位に目をやる。
「まあ、発育には個人差があるからな」
……そう言ってギガルドはカノンの胸元を見る。
――カチンッ、とかいう昭和的な音が聞こえた気がした。
「……タツタくん、この人、撃っていい?」
「落ち着け、カノン! ギガルドはちょっと馬鹿なだけなんだ!」
「誰が馬鹿だとぅっ! やんのかぁ!」
「話がややこしくなるからお前は黙っとけ!」
俺はギガルドとカノンを落ち着かせる……が、そこで気がつく。
――俺のリトルボーイが臨戦態勢になっていたことに……。
(人のこと、落ち着けとか言ってる場合じゃねェーーーっ!)
……そうか! 橙スライムのせいか! 確か、橙スライムには滋養増強の効果あったな!
「……タツタさんのエッチ(///」
「……エッチです(///」
「ひゃー(///」
それに気づいたギルドとドロシーとウィンが頬を赤らめ、まじまじと見つめる。
「違う、これは不可抗力でっ、けっしてやましい気持ちはなくてっ」
ちょっとしかっ!!
「ユウくんは純粋なままでいてね」
「えっ、急に何の話っ!」
いきなり話を振られて夜凪は戸惑う。
「馬鹿野郎! 男がエロくて何が悪い! 少年、俺が女の素晴らしさを教えて
「 〝炸裂する右手〟 」
――ドカーンッ! ギガルドは爆発によって吹っ飛ばされ、部屋の外まで転がった。
「ユウくんは今のままでいいんだからね♡」
「……うっ、うん」
ギルドの有無を言わさない笑みに、夜凪は顔を青ざめさせながら頷いた。
「……」
騒がしくて、滅茶苦茶で、だけど楽しい食事であった。
「……」
しかし、俺は気づいてしまう。
「……」
……フレイが一度も笑っていなかったことに。
「フレイ、ご飯食べないのか? このスープなんかマジで旨いぞ」
俺はフレイにトマトとチーズのスープを薦める。
「……いりません」
「じゃあ、こっちのポペプパプリはどうだ?」
続いて皆大好きポペプパプリを薦めてみる。
「いりませんっ」
フレイは少し強い口調で返して、静かに立ち上がる。
「……すみません、今日は体調が優れないので部屋に戻っています」
それだけ言って、自分の部屋に戻ってしまった。
『……』
……気まずい空気に、賑やかな食卓が静まり返る。
「……タツタさん」
「わかってるよ」
何か言おうとするギルドを制止し、俺は席から立ち上がる。
「トイレ行ってくる、皆はそのまま食べていてくれ」
「はい、ごゆっくりとされて構いませんよー♪」
……俺はそのままフレイの部屋へと向かい、扉の前で足を止めた。
「……」
ノックをしようと手を挙げた――そのとき。
……フレイの泣き声が聞こえた。
フレイはこの扉を開いた先で泣いていたのだ。
「……ぅっ……ぐすっ……タツタさんのばかっ……ぐすっ」
嗚咽とともに弱々しい罵倒が扉越しに聞こえた。
(……そうだったな、フレイとは二番目に長い付き合いだったな)
それにフレイは、俺達の誰よりも幼かった。
突然の別れでショックを受けない筈がなかった。
扉越しのフレイの押し殺すような泣き声に、俺を胸を締め付けられた。
(……辛いよな……寂しいよな)
俺だって寂しいのだ。フレイもきっと同じ気持ちであろう。
「……」
俺は一度降ろした手を再び挙げる。
(……だけど、立ち止まってばかりじゃ駄目なんだ)
――コンコンッ、俺は扉をノックする。
「フレイ、入ってもいいか?」
「……」
返事はすぐには返ってこなかった。
「…………はい」
少し間を空けて、フレイが入室を許可してくれた。
「ああ、失礼する」
俺は扉を開き、部屋の中を見渡した。
夜なのに明かりも点いていない真っ暗な部屋。
ベッドの布団にくるまるフレイ。
その瞳は暗くてよく見えなかったが、窓から射し込む月光に涙が煌めいていた。
「……何か用ですか」
フレイが目元を赤く腫れさせながら問い質す。
「少し話がしたくてな」
「……」
追い返されなかったので話を続けることにした。
「フレイはさ、明日から何かやりたいことはあるのか?」
「……やりたいこと、ですか」
俺の質問にフレイは少しだけ考えて、口を開く。
「……海に行きたいです」
そんな年相応な答えが返ってきた。
「……皆でお買い物をして、お祭りをして、花火も見たいです」
「……そうか」
フレイは次々とやりたいことを言い連ねる。
「……タツタさんと砂遊びがしたいです、お祭りも一緒に回りたいし、雪だるまも一緒に作りたいです」
「……それは楽しそうだな」
――フレイの布団に染みができる。
「……一緒にお料理もしたかったっ……もっと沢山お話したかったっ……ずっと一緒に旅がしたかったっ」
「……俺もそう思うよ」
それは心の底からの本音で、嘘偽りなんてある筈もなかった。
「……何でっ、ずっと一緒に居られないのっ」
フレイの布団は涙に濡れていく。
「……何でっ、楽しい時間は終わっちゃうのっ」
フレイは駄々っ子のように涙を流す。
「それが、大人になるってことだからだ」
「だったら、わたしは子供のままがいいっ……!」
フレイが大きな声を出したかと思えば、また泣き崩れる。
「……わたしはただっ、皆とずっと一緒に居られたらっ……それだけでいいのにっ」
「……」
「……何でっ、変わっちゃうのっ……何でっ、居なくなっちゃうのっ」
……フレイの気持ちは痛いくらい同感であった。
俺も皆とずっと一緒に居たかった。
ずっと遊んでいたかった。
「 フレイ、大人は楽しいぞ 」
だけど、俺は笑った。
「仕事は辛いし、先輩は恐いし、毎日くたくたに疲れるんだ」
フレイは今が楽しすぎたのだ。
温かくて、キラキラしていて、居心地が良すぎたのだ。
――だから、恐いのであろう。
変わってしまうことが、不確定で不安定な未来が……。
「毎日上司に怒鳴られるし、後輩にも嘗められたりする――だけどよ」
だから、教えてやろうと思った。
「 大人は何処にでも行けるんだ 」
……未来はこんなにも〝広い〟ってことを。
「色んな場所に行けるし、色んな道を選べるんだ」
フレイは何でも出来るって、
フレイは何にでもなれるって、
俺はフレイに伝えたかった。
「見たことのない綺麗な景色も見られるだろうし、もっと素敵な出逢いが待っているんだ」
……ここはゴールじゃない。
「ずっと変わらなかったら、そんな未来も見られないんだ。そんなの勿体ないだろ」
……俺にも、フレイにも明日があるのだ。
「折角の人生だ、もっと楽しもうぜ」
だから、俺は進みたかったし、フレイにも進んでほしかった。
「……」
フレイは俺の話を黙って聞いていた。
(……フレイにはまだ難しかったかな)
俺がフレイと同じくらいの頃は、今のフレイよりずっと馬鹿だったから、こんな話をしても明日には忘れてしまっていたであろう。
「……タツタさん、困らせること言ってごめんなさいっ」
驚いた。まさか謝るとは思ってもいなかったからだ。
「……タツタさんの言いたいこと、わたし、わかりますっ」
フレイは全部が全部が納得いっていなかった。それでも、我慢したのだ。我が儘を言うことを、俺を引き留めることを……。
「……だから……最後に一回だけ……お願い聞いてくださいっ」
「ああ、言ってくれっ、ちゃんと聞くから、何でも聞くからっ」
フレイの声は弱々しくて、今にも消えてしまいそうであった。
「……抱っこしてください」
……それがフレイの最後のお願いであった。
「……最後に……タツタさんの体温を感じたいから」
「――わかった」
……俺はフレイを抱き締めた。
その肩は細くて、小さくて、子供の肩であった。
「……うっ……ごめんなさいっ……もうっ……我慢できませんっ」
「いいよ、好きなだけ泣けばいいさ」
微かに震える肩が、胸元を濡らす涙が、今は愛しくて堪らなかった。
「……うっ……ぅっ…………」
……そして、フレイは泣いた。
年相応に大きな声で、遠慮もなく涙を流した。
……泣きながらフレイは言った。
俺が大好きだと、
皆がいるこの場所と時間が大好きだと。
……だけど、フレイは一回も俺に行くなとは言わなかった。
(……お前は凄いよ)
こんなに辛いのに、こんなに悲しいのに、自分以外の誰かへの思いやりを忘れなかった。
(……お前は俺が出逢った中で誰よりも優しい奴だった)
そんなフレイと旅が出来たことが誇らしく思えた。
フレイは泣き続けた。
俺はフレイが泣き止むまで抱き締め続けた。
更ける夜。
嗚咽の小さく響く部屋の中。
……こうして、最後の夜は終わりを告げたのであった。
「 待て待て、勝手に終わるな 」
……俺もフレイも眠くなり始めた頃、ギガルドが大量の枕を抱えて部屋に入ってきた。
「何だよ、ギガルド」
「いや、折角の送別会を湿っぽい感じに終わるのが嫌だったんでな」
……嫌だったから?
「皆で枕投げ大会をすることになりましたぁーーー♪ わー、ぱちぱちー♪」
ギルドや他の皆も枕を持参していた。
「唐突過ぎるだ――ごふぅっ!」
……顔面に豪速枕が直撃した。
「フッフッフッ、隙ありだぜ」
「……やりやがったな、脳筋野郎」
飛び交う枕。
響き渡る悲鳴。
急遽開催された枕投げ大会は、熾烈さを極め、眠れない夜となったのであった。
……まあ、俺達らしい感じでこれはこれで良かったと思う。




