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 第121話 『 初めての反抗期 』



 「 ……一人、なのか 」


 ……暗い暗い森の中、独りぼっちだった俺の前に一人の男が話し掛けていた。


 「……あんた、誰?」


 男と出会ったのは偶然であった。

 お父さんがお母さんに暴力を振るって、お母さんが俺に暴力を振るう毎日が続き、やかで栄養失調で意識を失った俺は、気づいたときにはこの森にいたんだ。

 森に流れる川に映る俺の顔は別人だし、周りは見たことのない景色だし、俺は酷く混乱していたんだ。

 そんなとき、俺の前に現れたのがこの男だ。


 「 〝むかで〟 」


 ……それがこの男の名前だった。


 「貴様は?」

 「……俺?」

 「名を名乗れ、小僧」

 「……嫌だ、言いたくない」

 「……」


 〝むかで〟の高慢な態度が気に食わなかった俺は、子供っぽい反抗をした。


 「ならば、これ以上は問わない」

 「……」

 「……そう警戒するな」


 睨み付ける俺に〝むかで〟は溜め息を吐いた。


 「小僧、俺についてこないか?」

 「……はっ?」


 ……意味がわからなかった。


 「貴様は強くなる。そして、その力はやがて俺の助けになる筈だ――だから、俺の仲間になれ」

 「……」


 ……なんて傲慢な物言いだ。

 とはいえ、俺に他に行く当ても無いし、この世界のこと何にもわかんないし、俺に選択肢は無かった。


 「……わかった、仲間になる」

 「なら、ついてこい。アジトまで行くぞ」

 「……うん」


 さっさと歩き出す〝むかで〟に俺は恐る恐るその背中を追った。



 「 〝からす〟 」



 ……〝むかで〟がそう言った。


 「……えっ?」

 「名乗りたくないと言うのならばそれが貴様の新しい名だ」


 ……〝からす〟、か。


 「乱れた黒髪、真黒の瞳、悪くは無いだろう」

 「……わかった。それでいい」

 「……不満そうだな」

 「べっつにー」


 ……〝むかで〟が歩く。


 ……俺はその背中を追う。


 ……こうして、〝むかで〟と俺は兄弟になったのであった。


 ……………………。

 …………。

 ……。


 「 今夜で最後ですね、こうやってユウさんとお話しできるのは 」


 ……満月の夜。

 ……それは小さな小さな部屋の中。


 「……そうだね」


 ……俺とフレイはたった二人、最後のお話をしていた。


 「まずは最初に」


 フレイが優しげな口調で切り出す。


 「この二週間、お世話になりました。ユウさんのお陰で楽しい時間を過ごすことができました」

 「……」

 「短い間でしたけどユウさんはわたしのお兄さんでした」

 「……」


 感謝の言葉を吐き出すフレイを俺は静かに見つめる。


 「わたしの一番辛いときに、わたしの一番傍にいてくださったこと、死の恐怖に震えるわたしの手を握ってくださったこと……わたしの胸は今、感謝の気持ちで一杯です」


 感謝だなんてとんでもない、俺はフレイを守れない、これから〝精霊王〟に喰われるお前を見捨てるのだから。


 「最期にユウさんみたいに優しい人と友達になれて良かったです」


 俺は優しくなんかない。過去にお前を奪おうとしたし、今回だってフレイを見捨てようとしているのだ。


 「ありがとうございます」


 フレイが深い深いお辞儀をした。


 「本当にありがとうございました」

 「……」


 頭を下げるフレイに俺は何も言い返せなかった。

 しかし、たった一言だけ言えた。


 「……本当に、諦めたの?」

 「……」

 「……本当に、もう死んでもいいの?」

 「……」


 俺の問いにフレイが沈黙した。


 「……………………どうしようもないじゃないですか」


 フレイの声は震えていた。


 「……〝むかで〟さんの強さはユウさんもよくわかりますよね」

 「うん」

 「そんな人からどうやって逃げられると言うのですか。勝ち目なんて一ミリもないんですよ」

 「うん、知ってる」

 「だったらっ」


 「 フレイはどうしたいの? 」


 「――」


 俺の質問にフレイは息を呑んだ。


 「〝むかで〟の強さなんて一緒にいた俺が一番よく知ってる。その〝むかで〟と戦ったらどうなるのかも知ってる」


 俺は真っ直ぐにフレイの瞳を見つめる。


 「……だから、俺が聞きたいのはそこじゃない。俺はフレイがこれからどうしたいのか、知りたいんだ」

 「……」


 フレイは今一度考えた。しかし、考えがまとまったのかゆっくりと口を開く。


 「……そんなの、生きたいに決まっているじゃないですか」


 フレイの言葉には微かな苛立ちが混じっていた。


 「もっと沢山甘いものが食べたかった」


 「……」


 「料理はまだ下手だけどもっと上手になりたかった」


 「……」


 「恋愛とか結婚とか、普通の女の子みたいなこともしたかった」


 「……」


 「沢山冒険をして、色んなものを見て、色んなことに感動したかった」


 「……」


 「……でも、何より」


 「……」


 「皆に、会いたいよ」


 「……」


 「また、皆で冒険がしたいよ」


 「……」


 ……フレイは吐き出した。内にあるもの、彼女の中にある希望を。


 「わかった、ちゃんと聞こえたよ――フレイの気持ち」


 俺はフレイの肩を掴んで、その瞳を真っ直ぐに見つめた。


 「逃げよう、フレイ」

 「……」

 「俺がここから出してあげる」

 「……駄目、ですよ」


 フレイが悲しげに首を振った。


 「そんなことをすればユウさんはどうなるんですか? ただではいられませんよね」


 ……それに、とフレイは続けた。


 「〝むかで〟さんはあなたにとってお兄さんのような人なんですよね」

 「……」

 「もし、わたしを逃がすようなことをすれば兄弟じゃいられなくなってしまうかもしれないんですよ」

 「……」

 「本当にそれでいいんですか?」

 「うん、決めたから」


 ――俺は即答した。


 「フレイを助ける、フレイが生きたいと言ったときに決めたことなんだ。駄目かな?」


 「 駄目に決まってるじゃないですかっ……! 」


 ――フレイが怒鳴った。


 「……〝むかで〟さんがわたしを強奪しようとしたとき、皆、わたしを守るためにボロボロになるまで戦っていんです」


 ――ぽつりっ、一粒の涙が床に落ちた。


 「……わたし、恐かったんです。皆がわたしを守るために死んじゃうんじゃないかって」


 ……フレイは泣いていた。今まで一度も涙を見せなかったフレイが泣いていたのだ。


 「……もう嫌なんです。わたしを守るために誰かが死にかけるのは」


 肩の震えが俺の手のひらに伝わってきた。


 「……だから、わたしのために頑張らないでください」

 「……」

 「……わたし、もう、誰が傷つく姿を見たくないっ」


 「 嫌だ 」


 ――俺はまたも即答した。


 「俺はフレイを助けたい……!」

 「……何で、わかってくれないんですかっ」

 「俺が助けたいと思ったから」

 「……意味がわからないですよっ」


 「 聞いて、フレイ 」


 俺は少し強い口調で言った。


 「俺が守りたいから守るんだ。たぶん、タツタも同じ気持ちで戦ったんだと思う」

 「……」

 「だから、フレイが罪悪感を感じる必要なんてないんだよ」

 「――でもっ!」


 「 でも、じゃない! 」


 ……俺はフレイの言葉を力づくで遮った。


 「生きてくれよ、フレイ。俺はお前が死ぬことなんて耐えられないんだ」

 「……」

 「だって、お前は俺の〝妹〟なんだから」

 「――」


 ……気づけば、フレイの肩の震えは止まっていた。


 「……いいでずが?」


 「……えっ?」


 「わたじ、いぎでも、いいでずが?」


 「……うん」


 「甘いものがだべたい」


 「……うん」


 「料理も、恋もしだい」


 「……うん」


 「冒険もしだい」


 「……うん」



 「 皆に会いだいよ 」



 「 わかった 」



挿絵(By みてみん)


 ――小さな檻の錠が切断された。


 ……俺が切った。だから、もう後戻りはできない。


 「行こう、フレイ」

 「……うん」


 俺はフレイの小さな手を握った。


 「……ユウさん」

 「……何?」


 ……満月の夜。

 ……小さな部屋。


 「 ありがとう! 」


 ……俺とフレイは飛び出した。


 「うん、どういたしまして」


 ……初めての妹。


 ……初めての反抗。



 ……それが俺の人生の岐路であった。


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