99話 絶望
「俺を忘れているのか?」
シニアスが風のように駆けた。
一瞬でフラウロスの斜め後ろに回り込み、下から上に剣を跳ね上げる。
鋭い斬撃が魔人を襲うが、彼女はそれをまったく気にしていない。
「もちろん、忘れていませんよ」
「くっ」
シニアスの斬撃は、指一本で受け止められていた。
ウソだろう?
鎧ごと相手を断ち切るような、強烈な斬撃なのに。
それを指一本で受け止めるなんて……
フラウロスは魔力だけじゃなくて、身体能力もとんでもないのだろうか?
「ははっ……いいぞ! 貴様と殺りあったことはなかったが、とても楽しめそうだ」
こんな時なのに、シニアスはとても楽しそうにしていた。
自分の命が危ういかもしれないというのに、あんな笑顔ができるなんて……
生粋の戦闘狂なのだろう。
「さあ、いくぞ!」
「ふふっ、どうぞ」
シニアスは深く剣を構えた。
音速剣を叩き込むつもりなのだろう。
フラウロスとやり合うのは初めてと言っていたから、彼の必殺技のことは知らないはず。
うまくいけば……もしかすると、もしかするかもしれない。
期待しつつ、様子を見守る。
「ふっ!!!」
シニアスが動いた。
視認できないほどの速度で剣を抜いて、斬撃を飛ばす。
フラウロスは反応することができない。
避けることも防御することもできず、真正面から斬撃を受けた。
しかし、その笑みは崩れない。
「こんなものですか?」
フラウロスに傷はない。
確かに斬撃を受けたはずなのに、かすり傷一つ、つかないなんて。
「なるほど。視認できないほどの、超高速の剣技。なかなかに見事ですが、威力がまったく足りていませんね。普通の人間なら問題ないのでしょうが、魔人である私に、その程度の攻撃が通じると?」
「なるほど。力だけではなく、その肉体も人間ではないということか」
「その通りですね。なので、このようなこともできますよ?」
ふっと、フラウロスの姿が消えた。
幻でも見ていたのではないかと勘違いしてしまうほどに、突然に消えた。
さすがのシニアスも動揺したらしく、剣の柄をしっかりと握ったまま、慌てて周囲に視線を走らせる。
俺もフラウロスを探して……
「っ!? シニアス、上だ!」
「なっ……」
シニアスがボロボロの天井を見上げようとするが、すでに遅い。
いつの間にか空を駆けていたフラウロスは、そのままシニアスに突貫。
膝を叩きつけるように落下して、シニアスの鎖骨を砕く。
ビキベキィッ! という嫌な音が響いた。
「ぐっ……がぁあああ!」
さすがというべきか、鎖骨を砕かれた程度でシニアスは止まらない。
どういう風に体を使っているのかわからないけど、砕けた鎖骨に構うことなく、剣を振るう。
そんな無茶をすれば、二度と腕が動かなくなってもおかしくはない。
ただ、シニアスは今、この戦いのことしか考えていないらしい。
自ら懐に飛び込んできてくれてありがとうと言うかのように、狂気めいた笑みを浮かべつつ、カウンターを叩き出す。
「その気合は称賛しますが、体は嘘をつけないものですよ?」
鎖骨を砕かれているため、能力の低下は免れない。
先の半分以下の速度の斬撃は、あっさりと避けられてしまう。
フラウロスは、飽きたというかのように冷徹な笑みを。
剣を振り抜いて、無防備なシニアスに手を伸ばして……
「フレアソード!」
「あら?」
元敵だけど、今は一人でも味方が欲しい。
そのまま見過ごすことはできなくて、炎の剣を生み出して斬りかかる。
剣のスキルはなにも持っていないけど、相手の注意は逸れている。
直撃とまではいかなくても、遠ざけるくらいのことはできるはず。
ひとまず、気絶したシニアスから……
「残念ですね」
「なっ!?」
先ほどのシニアスの戦闘を再現するかのように、フラウロスは炎の剣を指一本で受け止めてみせた。
振り抜こうとするのだけど、壁を相手にしているかのようで、振り抜くことができない。
炎に対する耐性があるとはいえ、これもダメなんて……くそっ、どうすればいい?
心の中で舌打ちしつつ、だからといって簡単に諦めることはなくて、徹底的に抗う。
「ファイアボムッ!」
フラウロスの顔を狙い、爆撃を叩き込む。
こちらに被害が出ないように配慮しつつ、けっこうな魔力を込めたのだけど……
「なるほど。あなた、面白い魔法を使いますね。このような魔法は見たことがありませんが、もしかして独自で開発を? だとしたら、気になりますね。今後の参考にしたいので、教えてもらえませんか?」
「くっ」
フラウロスは、あくまでも余裕の笑みを保っていた。
対する俺は、たぶん、まったく余裕のない顔をしていると思う。
一通りの攻撃魔法は試したけれど、全部、意味がない。
アリスとシニアスはダメージを負い、すぐに動くことはできない。
アンジュはアリスの治療。
これは……
ひょっとしたらひょっとしなくても、かなりのピンチかもしれない。
こんなヤツを放っておくことはできないけど、でも、このままだとなにもできず、犬死だ。
一度撤退して、ナイン達と合流した方がいいかもしれない。
シルファの拳技、サナのドラゴンの力があれば、あるいはなんとかなるかもしれない。
「もしかして、撤退しようとしています?」
俺の心を見透かしたかのように、フラウロスがそう言う。
行動が読まれている。
だとしたら、撤退はかなり難しいだろう。
いざという時は俺が囮になって、アリスとアンジュだけは逃がそう。
「逃げることを考えている、というわけではなさそうですね。たぶん、私と戦うための援軍を呼びに行く、という感じでしょうか?」
「……色々と詳しいね」
「アーランドを混乱に陥れる……その計画を壊したあなたのことは、気にかけていましたからね。それなりの情報がありますよ」
「なら、どうするつもりだ?」
「そうですね……手を貸してあげましょう」
「え?」
「私と戦うための援軍が欲しいのでしょう? なら、ここに連れてきてあげますね。そうすれば、もっともっと楽しめるでしょう。というか、もう連れてきているのですが」
「なにを……」
「レティシア」
フラウロスはとても楽しそうにしつつ、その名前を口にした。
その視線を慌てて追いかけると、
「あっ……!?」
ボロボロになったナイン、シルファ、サナと……そして、レティシアの姿があった。
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