96話 降臨した悪意
「……」
俺の言葉を受け止めたミリエラから表情が消えた。
言葉を口にすることもない。
ただただ感情のない顔でこちらを見つめている。
「私が悪魔という、その根拠は?」
静かに問いかけてきた。
「根拠っていうほどのものはないよ。ただ、他に適合するものがないんだよね」
ミリエラは、意味もなく人々を害しているわけじゃない。
なにかしらの目的が存在するはずだ。
悪魔は、負の感情や魂を食らうことで成長すると言われている。
ミリエラが悪魔だとしたら、人々を害する理由に納得がいく。
圧政を敷いていたのは、人々を苦しめて、負の感情を吸い上げるため。
むごい拷問をしていたのは、同じく負の感情をいただいて、魂を食らうため。
そう考えると、一連の行動に納得がいく。
逆に、これ以外の理由が思い浮かばない。
「加虐趣味とか、そういうパターンも考えてみたんだけど、しっくりこないんだよね。そういう趣味を持つ人は、特定の趣向を持つ。例えば、いじめるなら女の子じゃないとダメだ、とか。でも、あなたにはそれがない。誰でもいいように感じた」
「だから、加虐趣味ではないと?」
「もう一つ。突然、人が変わったという話を聞いている。人生を変えるような大きな事件があれば性格も変わるだろうけど、そんなことはないらしい」
「突然、新しい趣向に目覚めただけかもしれないわ」
「その可能性もあるけど、限りなく低いよね。百八十度、人が変わるような事件はそうそう起きない。それよりも、こう考えた方が早くてわかりやすい。人が変わったんじゃなくて……入れ替わったんだ、って」
「へぇ」
ミリエラは新しい感情を顔に貼り付けた。
愉悦。
俺の推理を楽しむようにしていて、視線で話の続きを促してくる。
「入れ替わるとしたら、どうすればいいか? 対象の調査が必要だよね。どんな性格で、どんな言動をする人なのか。そこをきちんと調べないと、周囲に怪しまれてしまう。でも、なによりも難しいのは、外見を似せること」
「それは、魔法を使えばいいのでは?」
「うん。それが一番手っ取り早くて確実なんだけど……でも、他人になりすます魔法なんて、簡単に使えるものじゃない。そんな魔法が誰でも使えたら、犯罪が多発するだろうからね。使い手は少ないし、誰かに教えられることもほとんどない。ただ……悪魔ならどうだろう? 伝説になるような存在だ。それくらいの魔法が使えて当然だと思うんだよね」
「おもしろい話ですね」
再びミリエラは笑みを浮かべる。
きちんとこちらの話を聞いているのだけど、内心でなにを思っているのか?
それはわからない。
俺の話に激怒しているかもしれないし、表情通り楽しく思っているのかもしれない。
いつ、なにが起きてもいいように身構えつつ、話を続ける。
「そんなわけで、俺は、あなたの正体は悪魔という説を推すかな」
「ふふっ。とてもおもしろいですね。辻褄は合っているし、ありえないことではないかと。ただ、証拠がないですね。その辺りは?」
「証拠はないけど、証明はできるかな」
「へぇ」
ミリエラを視界の端に収めつつ、アンジュの方を見る。
「アンジュは聖女見習いだから、光系統の魔法が得意だよね?」
「えっ? あ、はい。そうです」
「なら、悪魔を追い払うような、退魔の魔法は使える?」
「はい。魔法陣を作り、その上に結界を生成。邪悪なものを打ち払うという魔法です。対象は悪魔に限りませんが……もしも悪魔なのだとしたら、確実に反応するでしょう」
「人間に反応することは?」
「よほど心が歪んでいれば、あるいは……ただ、基本は人に反応することはありません。人に化ける魔物を暴くための魔法ですから」
「……」
アンジュの言葉で、俺がなにを考えているのか理解したらしく、ミリエラの表情にわずかに険が含まれる。
「どうだろう? アンジュの魔法で真偽を確認してみる、っていうのは? それで、答え合わせができるんじゃないかな?」
「……いいえ、その必要はありません」
楽しい時間だったというかのように、ミリエラは拍手をする。
そして、笑顔で言う。
「正解です。それほどの推理力、洞察力を持つとは……すばらしいですね。人間は、たまに異常と言えるほどに突出した個体が出現しますが、あなたがまさにソレですね」
「そんな台詞を口にする、っていうことは……」
「ええ。あなたの推測通り、私は悪魔ですね」
やっぱり、という気持ちがある反面、できれば外れてほしかったと思う。
どんなに楽観的に考えても、ミリエラが俺達をこのまま見逃すとは思えない。
ペラペラと色々なことを話しているのは、最終的に殺せばいい、と考えているからに他ならない。
でなければ、ただのバカだ。
あともう一つ。
外れていてほしいと願った理由がある。
ミリエラが突然別人のようになったのは、悪魔と入れ替わっていたから。
だとしたら……レティシアは?
その答えを考えて、憂鬱な気分になってしまいそうだ。
「悪魔だと認める、と?」
「ええ、そうですね。ただ、あなたの答えはパーフェクトではないですね。一部、違うところがありました」
「それは教えてくれるのか?」
「構いませんよ。人間とおしゃべりをすることは、嫌いではありませんからね。ふふっ」
ミリエラが妖艶な笑みを浮かべた。
普通の人が見れば、その艶めかしさに心を奪われるかもしれないが……
悪魔と判明した今、おぞましさしか感じない。
「あなたは、私が魔法を使い人間と入れ替わった、と推測しているみたいですが、そこは違いますね。この体は人間のものですよ?」
この体は、という言い方に引っかかりを覚える。
それだとまるで、体はそのままだけど、心や魂は別みたいじゃないか。
「私は、元々は魂だけの存在で、とある場所に封印されていたんですよ。封印の話、知らないですか?」
「知っているよ。大昔に、勇者によって封印された。今に至るまで討伐の方法は発見されていなくて、その時が来るまで、厳重に管理されているはずなんだけど?」
「私の場合は運が良かったのでしょうね。長い時が流れたことで、私の封印場所が記録から消えたらしく、ずさんな管理でしたよ。おかげで、封印場所を訪れたこの人間……ミリエラ・ユルスクールの体を奪うことができました」
「体を奪う……そうして、入れ替わりを?」
「ええ、そういうことです。今の私は、人間の体に、悪魔の魂を持つ存在……さしずめ、魔人というところでしょうか?」
「……魔人……」
そう言うミリエラは、確かに悪魔のような笑みを浮かべていた。
敵は、伝説の存在。
その力は未知数ではあるものの、圧倒的なものであることは間違いないだろう。
たぶん、俺よりもレベルは上。
もしかしたら、最高の100に到達しているかもしれない。
状況は絶望的。
アリスもアンジュも、まったく動けないでいるほどに気圧されていた。
それでも。
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