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93話 あなたの目的は?

「……へぇ」


 軽い笑みを浮かべていたレティシアだけど、その顔から一切の表情が消える。

 まるで人形のようだ。

 それでいて、怒気やら殺気が少しずつ膨れ上がり……

 冬の山にいるかのように、周囲の空気がピリピリと震え始める。


 ナインは最大限の警戒をしつつ、同時に、挑発したことを軽く後悔した。


 レティシアの真正面に立ち、己の身で直接対峙するのはこれが初めてだ。

 なるほど、さすが勇者。

 その身から放たれる圧は相当なもので、イヤな汗が流れてしまう。

 ともすれば、体がガタガタと震えてしまいそうだ。


「その言動、私にケンカ売ってるっていうことでいいのかしら?」

「そう感じるのならば、そうなのでしょう」

「いい度胸してるわね。痛い目みないと、どうすればいいかわからないのかしら」

「……アイツ、悪役みたいなことを言ってるっすよ」

「……そのまんま、悪役なんじゃないかな?」


 サナとシルファがこそこそとささやいて……

 しっかりと聞こえていたらしく、レティシアは頬をひくつかせる。


「ハルの居場所を聞かないといけないから、殺さないけど……腕の一本くらいは覚悟してね?」


 レティシアが剣を抜いて、冷たい殺気を撒き散らす。

 常人であれば、それだけで気絶してしまうだろう。


 しかし、ここに常人なんていない。

 サナはドラゴン、シルファは徹底的に鍛え上げられた殺し屋。


 そしてナインは、主の世話をするだけではなくて、その身も守ることも目的に含まれている戦闘メイドだ。

 殺気をぶつけられたくらいで臆するような、軟弱な心は持っていない。


「……」


 ナインはスカートの中に忍ばせておいた双剣を無言で手にした。

 サナとシルファも拳を構える。


「さっさとハルの居場所を教えなさいっ!」


 最初に動いたのはレティシアだ。

 剣を両手で持ち、地面を駆ける。

 その速度は動物並に早く、瞬く間にナインとの距離を詰める。


 剣を大きくふりかぶり、上段から叩きつけるように振るう。

 スキルを発動させたわけではないが、それでも、鉄を断ち切るほどの威力が秘められているだろう。


 そのことを見抜いたナインは、受け止めるという愚かな行動はせず、後ろに跳んで避けた。

 レティシアの剣が地面スレスレの位置まで落ちたところで、今度はナインが突撃。


「飛燕っ!」


 双剣スキルを発動させる。

 左右から挟み込むようにして刃を走らせる。


 ともすれば、ギロチンのようなえげつない攻撃スキルだ。

 しかし、レティシアは欠片も焦ることはなく、体を低くして難なく回避。

 反撃まで繰り出してきた。


「やらせないっす!」


 サナが飛び出して、レティシアの一撃を拳で受け止める。

 普通なら拳が切り落とされるだろうが……サナは見た目は普通の女の子だけど、中身はドラゴンだ。

 スキルもなしにドラゴンの拳を砕くことは、さすがに勇者であろうと不可能だ。

 サナは拳を盾のように使い、しっかりとナインを守る。


 その間に、シルファが前に出た。

 風のように駆け抜けて、レティシアの懐に潜り込む。


「爆裂拳っ!」


 そして、拳を乱打。

 一秒間に十数発という驚異的な連射を見せつけて、レティシアの体を吹き飛ばす。


 全力疾走の馬車にはねられたかのように、レティシアが大きく吹き飛んで……

 しかし、途中でくるりと回転して、綺麗に着地。

 ぱんぱんと衣服についた汚れを手で払いつつ、何事もないように立ち上がる。


「防がれた……? でも、確かに手応えはあったはずなのに……」

「あー……もう、うっとうしいわね」


 レティシアは苛立たしそうに言う。

 無数の蚊にたかられている時のように、舌打ちまでして、厳しい視線を飛ばす。


「私は、ただハルに会いたいだけなのに、なんで邪魔するわけ?」

「ご自分の胸に聞いてみればよろしいかと」

「わけわかんないし……ハルは私のものだもの。私の隣にいるのが当たり前で、なにをしてもいいわけだし、そんなことは当たり前じゃない? そう、当たり前のことなのよ。私が一番ハルを理解してあげられるの。私だけが……」


 ブツブツとつぶやくレティシア。

 もはや会話が成立していない。


 ともすれば狂人に見えてしまう言動に、さすがのナインも眉をひそめる。

 以前、顔を合わせた時よりも様子がおかしい。


 支離滅裂な思考をしているというか、まともに現実を見ていないというか。

 単なるわがまま、性格が悪いという問題ではない。

 それ以上のなにか……狂気を感じる。


 本当に、以前顔を合わせた同一人物だろうか?

 時間が経つと同時に、心と魂が壊れているように感じるのだけど、それは気のせいなのだろうか?

 もしもその懸念が正しいとしたら、それはなぜ?


 色々な疑問が湧いて出てくるものの、答えは見つからない。


 今は余計なことを考えるな。

 アンジュのため、ハルのため。

 ここでレティシアの足止めをする。


 ナインは改めて気を引き締める。


「うっとうしい、うっとうしい、うっとうしい……ホントに、もう……なんなのよ、これは……これは……これは……」


 交戦したばかりなのに、すでにこちらが視界に映っていない様子で、レティシアはうつむいてブツブツとつぶやく。


 その様子を見たサナは、若干……いや。

 かなり引いていた。


「あの人間、めっちゃやばくないっすか……? 正直、かかわり合いになりたくないっすよ」

「シルファも同感かな。なんていうか……すごく危ない感じがする」

「同意見です」


 どういう仕掛けなのか、レティシアからあふれる圧がどんどん勢いを増していた。

 最初は軽く身構える程度だった圧力が、今では、気を引き締めていないと意識を持っていかれてしまいそうなほど、強い。


 この力は、いったいなんなのだろう?

 ナインはとてもイヤな予感がした。


「シルファ、思うんだけど……時と場合によっては、逃げた方がいいかも」

「しかし、それではお嬢さまとハルさまのところに向かわれてしまうかもしれません」

「でも……これはダメ。危ない」


 目を逸らしたらまずいという様子で、シルファはレティシアをまっすぐに見つめていた。

 その額には汗が。

 わずかに手も震えている。


 恐怖なんて感じないように訓練されたシルファが震えていた。

 その事実に、ナインはどうするべきか迷う。


 しかし……すでに手遅れ。

 下手にレティシアを刺激したことで、ナイン達は最悪の事態を招いてしまう。


「邪魔……あんた達、みんなみんなみんな、みーんな邪魔っ……邪魔よぉっ!!!」


 レティシアが狂ったように叫び……そして、その体から黒い霧のようなものがあふれだした。

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◆◇◆ お知らせ ◆◇◆
再び新作を書いてみました。
【氷の妖精と呼ばれて恐れられている女騎士が、俺にだけタメ口を使う件について】
こちらも読んでもらえたら嬉しいです。
― 新着の感想 ―
[良い点] やばい 闇落ちした勇者はやばい! [気になる点] 逃げ出した しかし回り込まれた にならないか心配だ [一言] ウィザード・Tさん そのとおりですw
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