92話 穏やかではない再会
ナイン、シルファ、サナの三人は都市内を歩いていた。
時折、道行く人に声をかけて、レティシアの容姿を伝えて見かけていないか尋ねる。
今のところ成果はなく、誰もレティシアを見かけていないという。
「いないね」
「いないっすね」
レティシアを探し始めて、かれこれ二時間ほどが経っていた。
当初は、「がんばって師匠に褒めてもらうっす!」と、やる気を見せていたサナだけど、今はとてもだるそうにしていた。
簡単に見つかるものだと思っていたが、見つからず……
体力とやる気だけが失われるという結果に。
「シルファさま、サナさま。がんばってください。ここでレティシアさまを見つけることができれば、ハルさまに褒めてもらえますよ?」
「それは期待したいっすけど……でも、こうも見つからないと、本当にいるのか怪しくなってくるっす」
「んー……たぶん、あれは話に聞く勇者だと思うんだけどな。最年少の女勇者……見間違えることはないと思うよ」
「そいつ、どこにいたっすか?」
「領主の屋敷の近くで一回、見かけたかな」
「一回だけっすか……もうこの都市にいない、っていう可能性もあるんじゃないっすか?」
「そうですね……」
ナインは考える。
サナの言うことも、あながち間違いとは言えない。
何度かレティシアと接してきて理解したが、彼女はかなり気まぐれなところがある。
まるで猫だ。
その時の気分で行動して、突然、感情的になることもあり……
そんなレティシアの行動を予測することは、なかなかに難しい。
サナの言う通り、すでに迷宮都市を後にしているという可能性も考えなくてはならないかもしれない。
「とはいえ、その前に……」
未だ迷宮都市にいるだろうとアタリをつけて、行動する方が先だ。
もしも、見逃してしまい……
その結果、ハルやアンジュに危害が及ぶようなことになれば、自刃ものである。
ナインは、敬愛する主のため。
そして、尊敬する恩人のため、全力を尽くす覚悟だった。
「餌を撒いてみましょうか」
「餌?」
シルファとサナが同時に小首を傾げた。
――――――――――
三十分後……三人は人気のない公園に移動していた。
「誰もいないね」
「公園の周囲の開発を行い、たくさんの人の憩いの場となる……予定でしたが、領主が交代したことで計画が頓挫。先に公園だけが完成して、周囲の住宅は未完成。そのような状況のため、誰も利用していないそうですね」
「なんでそんな詳しいっすか?」
「ふふっ、メイドの情報収集能力を甘く見てはいけませんよ?」
ナインがいたずらっぽく笑い、肝心なところはぼかす。
主が近くにいないからなのか、少しではあるが茶目っ気を見せていた。
「あの勇者、ホントに現れるっすかねー?」
「ハルがこの公園にいる、っていう噂をとにかく広範囲にばらまく。単純だけど、効果はありそうかな? シルファなら、とりあえず、一目は確認しておこう、って考えるよ」
「それは殺し屋としても性っすか?」
「それもあるし、単なる人としての好奇心っていうのもあるかな」
「なるほど……人間、やっぱり興味深いっす」
「人について勉強中?」
「はいっす! 大好きな師匠みたいになりたいっす!」
「うん、ハルは優しいね。でも、シルファを研究しても、あまり意味はないと思うよ? シルファ、ちょっと壊れているからね」
自分で自分のことを壊れていると言ってしまうあたり、本当に壊れているのかもしれない。
ただ、ナインから言わせてもらうと、小さいながらも変化がある。
以前は人形のように、人の心を感じることができなかった。
しかし、今は違う。
多少ぎこちないものの、確かな感情を得ることができる。
「……全て、ハルさまのおかげですね」
小さな少女の命を救うだけではなくて、その心も潤してしまう。
なかなかできることじゃない……というか、そんなことは普通に考えて不可能だ。
ハルは、レベル80を超える賢者。
そんな力があるからできた、というわけではない。
ハル・トレイターという一人の人間による力だ。
彼の心がシルファを変えた。
ナインは、傍にいることで、そのことを強く感じていた。
ナインの主はアンジュであり、他に代わりはいない。
しかし、ハルはアンジュと同じくらいに尊敬している相手。
そんなハルのために、ぜひ力になりたいと思う。
そのために、うまくレティシアを誘い出したいのだけど……
「……あっ」
公園の入り口を見て、ナインが驚いたような顔に。
そんな彼女の視線をシルファとサナが追いかけて、
「「あっ」」
同じく、小さな驚きの声をあげた。
「ここにハルがいるって、本当なのかしら? なにもない辺鄙な場所じゃない」
レティシアだった。
誰かと一緒にいるわけではなくて、一人だけだ。
ハルがいないことになんとなく気がついているらしく、早くも不機嫌そうだ。
そんな中、少し歩いたところで、先客のナイン達に気がつく。
「あら、あんた達は……」
「ごきげんよう、レティシアさま」
ナインはしっかりと頭を下げて、丁寧に挨拶をした。
ほぼほぼ敵になりつつあるレティシアではあるが、そんな彼女に対しても礼を忘れない。
ナインの人柄がよく現れている一面だった。
「あんた、ハルと一緒にいたメイドね? それと……アホドラゴンもいるわね」
「アホっ!?」
「最後のちびっ子は……見たことない顔ね? ふんっ、ハルのヤツ、また人をたらしたのかしら」
レティシアは苛立たしそうに言う。
ともすれば嫉妬しているように見えるが、本人にその自覚はないらしく、ハルを気にかける言葉は口にしない。
「ちょうどいいわ。ハルを探しているんだけど、どこにいるか教えなさい」
「どうして、ハルさまを探していらっしゃるのでしょうか?」
「もちろん、あたしのところへ連れ戻すためよ」
「そのことならば、以前、ハルさまが断ったかと思いますが」
「ハルの意見なんて関係ないわ。ハルはあたしのもの。あたしのところにいるのが一番で、それ以外はダメ。あたしが一番上手にハルを扱うことができるの」
スラスラとそんなセリフを口にする。
そんなレティシアの顔に迷いはない。
そうあることが当然であると、当たり前だと。
それこそ……世界の真理であるかのように語る。
ナインはわずかに体が震えた。
勇者の称号を授かる者が、ここまで身勝手なことを考えられるなんて……恐ろしい。
恐怖すら感じてしまう。
しかし、そのようなことでレティシアと対峙することはできない。
ナインは己を叱咤激励して、すぐにいつもの調子を取り戻して、新しい言葉を投げかける。
「ハルさまの居場所は把握しております。レティシアさまと引き合わせることも可能でしょう」
「なら……」
「しかし、それは絶対にしないと、先に宣言しておきましょう」
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