91話 悪魔
魔物と悪魔は、破壊と混沌を撒き散らす。
そういう点では似た存在といえるが、中身はまったくの別物。
己の意思と魂を持ち、人よりも数段上のステージに存在する生き物だ。
ただ、その存在はすでに絶滅しているはずだ。
過去、人類は悪魔の驚異に脅かされたものの……
力を束ねることによって撃退した。
少し話が逸れる。
悪魔を撃退したというのが、勇者だ。
天の力を与えられた七人の戦士。
彼、彼女達は悪魔を封印して世界を救い、その勇気を讃えられて勇者と呼ばれるようになった。
以降……その称号は引き継がれて、世界には常に七人の勇者が存在する。
その使命は、封印されている悪魔達の完全消滅。
方法を探り、やがてくる決戦に備えて力をつける。
それが勇者の使命。
「もしかして……?」
そこまで考えたところで、一つの仮説が。
領主、ミリエラ・ユルスクールは……悪魔?
「……うーん?」
突飛な発想だ。
さすがにそれはない、と自分で考えておいて否定する。
でも、完全に否定することができなくて……
どうしても、心のどこかに残ってしまう。
まさか、と思うのだけど……でも、こういう時の感覚は大事だ。
この可能性一つに絞ることはできないけど、いくつかの候補として残しておいて、一応、対策も考えておこう。
「他に聞くことはあるか?」
「シニアスは、どうしてこんなところに?」
「失敗したからな。あの女にとって、俺も駒の一つにすぎない。役に立たないとなればこうなる……というわけだ」
「なるほど……恐怖政治を体現しているような人なのか」
実際に話した感じ、そんな印象はなかったのだけど……
でも、拷問部屋や死にかけていたシニアスを見る限り、彼の言葉は正しいだろう。
「二人は質問したいことはある?」
俺の聞きたいことは聞き終えた。
「そうね……ここの領主は、勇者と繋がっているの?」
「あっ」
そういえば、その質問を忘れていた。
アリスはやれやれというような顔をしつつ、シニアスに問いかける。
「レティシア・プラチナス。最年少の女性の勇者よ。どう?」
「女の勇者……あぁ、そういえばそんなヤツがこの前、訪ねてきたな」
「「「っ!?」」」
軽く言うシニアスとは対照的に、俺達は顔を見合わせて驚いた。
もしかしたら、って考えていたけど。
レティシアが迷宮都市に来ているだけじゃなくて、領主と関わりを持っていたなんて。
アーランドを後にして、まるで顔を合わせることがなかったから、もう大丈夫かもしれない……と、少し油断していた。
真っ先に俺のところに来るわけじゃなくて、裏でなにかしら動いていたなんて……
レティシアは、なにを考えて領主を訪ねたのだろう?
今までの経緯を考えると、俺が絡んでいると思う。
領主の手駒を使い、俺を探し出そうとした?
あるいは、裏で圧力をかけて、自分のところへ戻るように細工しようとした?
うーん……色々と考えてみるものの、しっくりとこない。
レティシアのことは警戒する必要はあるものの……
今は、一旦、保留にしておこう。
先に解決するべきは、領主の問題だ。
「うん。聞きたいことは、こんなところかな」
「そうか……なら殺せ」
「え?」
「お前は敵で、そして俺は敗者だ。この命はお前のもの、好きにするがいい」
「えっと……」
なんでそんな物騒な考えに?
確かに、この男のしてきたことは許されない。
戦いを楽しみたいからといって、けっこうな無茶をしてきたようだし……
たぶん、奪ってきた命も一つや二つじゃ済まないだろう。
ただ、身動きができない状態で、一方的に攻撃するというのはさすがに。
あと、俺はただの冒険者だ。
秩序を司る騎士や憲兵隊じゃない。
裁きを与えるのは彼らの役目。
まあ……もしも、シニアスにアリスやアンジュが殺されていたとしたら、迷うことなく殺していたと思う。
ダンジョンでシロが殺された時のように。
怒りに任せて行動してしまうだろう。
でも、そんなことは、できる限りするべきじゃない。
俺は人だ。
きちんとした心がある。
自分を律することができる。
それをしないで、ただ感情の赴くまま本能の赴くまま、やりたい放題にやっていたら、それを人と呼べるだろうか?
呼べないと思う。
時に道を踏み外したとしても……
再び戻ることができる。
それが人なのだと思う。
「殺さないよ」
「……なぜだ? 哀れんでいるのか?」
「違うよ。同情もしないし、哀れみもしない。あなたは、この後、しかるべきところに突き出して裁きを受けてもらう」
「自分で手を下すことはない、ということか……」
「今は冷静だからね。そんな状態で殺したりなんかしたら、人であることをやめるようなことだ。秩序を守ることができる、っていうことが、人らしさの一つでもあると思うし」
「人らしさ……か」
戦うことばかりを追い求めた男にとって、俺の言葉はそれなりに響くものがあったらしく。
こちらの言葉を繰り返した後、なんともいえない顔になる。
「それなら、俺は人ではないということか」
「そうなるかもね」
「ふっ……容赦がないな」
「する必要がないからね。でも……」
少し考えてから、続きを口にする。
「もしかしたら、やり直すことはできるんじゃないかな?」
「……」
「あなたがどれだけのことをしてきたかわからないし、けっこうな罰が与えられると思うけど……ひょっとしたら、チャンスをもらえるかもしれない。その心が、人に戻ることができるかもしれない」
「……本気で言っているのか?」
「もちろん」
シニアスの表情が大きく変わる。
未知の生き物と遭遇したような感じで、怪訝そうにこちらを見た。
いくらか瞬きをしつつ、じっと俺を見つめて……
ほどなくして苦笑する。
「おもしろい男だ」
「褒め言葉……なのかな?」
シロの命を奪った連中の上司なのだけど、それほどの確執を覚えることはなくて、少しだけど、わかりあえたような気がした。
そうだ……人は、こうしてわかり合うことができる。
いつか……レティシアとわかり合うこともできるんだろうか?
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