89話 贄
メイドや執事達が驚きに目を開いているのがわかる。
その反応は予想通り。
小さく笑いつつ、俺は一気に距離を詰めて……
「動かないように」
執事の首を掴むようにして、手の平を当てる。
そして、魔力を収束。
「一言、魔法を唱えれば終わりだから」
「ぐっ……あなたは……」
「そうそう。動けるのは俺だけじゃないから」
そんな俺の言葉を合図にするかのようにして、アリスとアンジュが立ち上がる。
驚いているメイド達を、それぞれ手際よく拘束する。
こんな事態を想定していたため、あらかじめロープを用意しておいたのだ。
「むぅ……」
執事は悔しそうに唸りつつ、しかし、動くことはできない。
こちらが本気かどうか?
それを見極めることができず……正しい判断が下せるようになるまでは、ひとまず言うことを聞くことにしたのだろう。
「どうして起きているのですか?」
「そんなことを言うってことは、やっぱり、さっきの食事に薬を?」
「……」
「図星、っていう顔をしているね。わかりやすい反応だから、答えを教えておこうかな」
ミリエラと直接話したことで、彼女がなにかしら企んでいる可能性を考えた。
そして、最大限の警戒をすることにした。
合っていればよし。
間違っていたら、笑い話で済ませればいい。
色々な可能性を考えて……
その中の一つに、食事に薬を盛られることも考えた。
食事を食べなければ問題ないのだけど、そんなことをすれば、自分達はあなた方を疑っていますと言うようなもの。
ミリエラの目的を探るために、もう少し、泳がせておいた方がいい。
怪しまれない方がいい。
そう考えた俺は、食事をいただくことにした。
もちろん、薬への対処はしておく。
それが、アンジュに教えてもらった魔法……解毒魔法『キュア』だ。
簡単な毒ならば、この魔法で解除できる。
ちょっと魔法の構造に手を加えて、時間差で発動するようにして……
無事、俺達は薬の効果から逃れることができた……というわけだ。
「まさか、そこまで考えているなんて……あなたは、いったい……」
「ただの冒険者だよ」
「ただの、って言うと大嘘になるわね」
「常識はずれの冒険者です」
「二人共……」
思わぬところで裏切りを受けてしまい、がくりとなる。
それでも、執事の首に当てた手は離さない。
こちらに隙がないことを悟り、執事は降参するように両手を上げた。
「どうやら、私が敵う相手ではないようですね……おとなしくいたしましょう」
「それは本心から?」
「はい」
執事の目を見る。
目を逸らすことなく、じっとこちらを見ている。
これまた勘になるけど……
この人は潔い人だ。
たぶん、信じても大丈夫だろう。
「了解。なら、知っていることを全部話してもらおうかな」
ひとまず、執事を解放した。
ただ、メイド達は拘束したままにしておく。
全部を解放するなんて、さすがにバカのやることだ。
「まず最初に、俺達に薬を盛り、なにをしようとしていた?」
「……とある部屋に連れて行こうとしていました」
「その部屋っていうのは?」
「生贄の部屋です」
いきなり物騒な単語が出てきた。
「生贄、っていうと……魔物を召喚したりとか、そういう感じの?」
「えっ? ということは私達は、そんなもののために狙われたのですか……?」
「そうなると……ミリエラは、邪教徒とか?」
「……正直なところ、我が主が邪教徒なのか、それはわかりません。ただ……あなた方にしたように、定期的に人をさらうことを我々に命じています。その目的はわからず……指示された部屋に連れて行った後、帰ってきた者はおりません。それ故に、いつしか生贄という言葉が使われるように」
「なるほど」
ミリエラの目的は、まだわからないけど……
ただ、とんでもなく厄介なことをしていることは間違いなさそうだ。
どうしよう?
俺達だけで行動するのは危険かもしれない。
でも、せっかく掴んだチャンス。
これが最後の機会のような気がした。
ここで逃したら、二度と真実にたどり着けないような……
「ハルに任せるわ」
「私は、ハルさまのサポートに徹します」
二人を見ると、コクリと頷いてくれた。
……よし。
「その部屋に案内してくれないかな? あ、もちろん拒否権はないから」
「……かしこまりました」
執事はすっかり観念している様子で、小さく頭を下げた。
その後、俺とアリスとアンジュの三人は、執事に案内されて部屋の外へ。
そのまま屋敷の中を歩き、階段を降りて地下に向かう。
生贄の部屋は地下にある、っていうことか。
まあ、それもそうか。
不当に人を殺しているかもしれない場所を、地上なんて目立つ場所に設置するわけがない。
「こちらです」
ロウソクの灯りだけしかない通路を抜けた先に、鉄の扉が見えた。
頑丈な鍵がかけられていて、自力で開けるのはなかなかに難しそうだ。
「鍵は?」
「あります」
執事は胸のポケットから鍵を取り出して、扉を開けた。
「うっ」
瞬間、イヤな匂いがあふれだしてくる。
肉が腐るような匂い。
血の匂い。
思わず吐いてしまいそうになるけど、なんとか我慢する。
アリスとアンジュも顔を青くしているものの、耐えていた。
「鍵は預けておきます。どうぞ」
執事から鍵を受け取り、部屋の中へ。
そこで見たものは……
「この男……!?」
紅の牙の隊長であるという、シニアスの姿だった。
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