88話 企みを暴け
一見すると、ミリエラは善人だ。
圧政を敷いていることは事実だけど、それはなにかしら事情があるのだろう。
実際に接してみて、そう思うような人柄だった。
ただ一つ、違和感を覚えたことがある。
その違和感とは……
「ミリエラの笑みって、歪んでいるように感じたんだ」
「それ、どういうこと?」
「なんていうのかな……笑顔なんだけど、その笑みの質がおかしいというか……例えるなら子供かな?」
「子供……ですか?」
「ほら。子供って無邪気だけど、それ故に残酷なところがあるだろう? ゲーム感覚で虫を殺したり、そういうことをするよね? その時に浮かべる笑みとミリエラの笑み……すごく似ている気がするんだよね」
こちらに対する敵意がないから、なかなか見抜くことはできない。
でも、俺は確かに感じていた。
ミリエラの笑みの奥に潜む、狂気の色に。
「まあ、確たる証拠はないし、俺の勘になるんだけど……」
「大丈夫。あたしはハルを信じるわ」
「はい。私もハルさまを信じます」
「えっと……いいの? 繰り返しになるけど、これは俺の印象で証拠なんてないんだけど……」
「悪い噂の絶えない領主とパーティーのリーダーのハル、どっちを信じるかって言われたら、答えるまでもないじゃない」
「私はなにがあろうとどんな時も、ハルさまの味方です!」
「……」
二人の言葉が心に染みた。
思えば、こうして誰かに深く信じてもらえるということは初めてだ。
レティシアと一緒にいた頃は、信じてもらえることなんてなくて……
それどころか、自分自身も信じられなくなっていたからな。
「うん、ありがとう」
「お礼なんていいわよ」
「でも、言っておきたくて……よし。これで、次の行動に移ることができるかな」
「次の行動、ですか?」
「俺の勘が当たっている、っていう前提ありなんだけど……たぶん、領主は次の行動を起こしてくるかな。俺達をもてなすフリをして、裏で色々と企んでいると思う」
「っていうことは……食事の用意をするフリをして、裏であたし達を始末する算段を考えているとか?」
「うーん……そこはよくわからないんだよね。こうして直に接してみたけど、一筋縄じゃいかない相手、っていう印象。ただ、その目的まではさすがに」
「目的は不明ですが、しかし、私達を害するつもりであることは間違いない……ハルさまは、そう言いたいのですね?」
「うん、そういうこと」
ミリエラから敵意は感じなかった。
しかし、若干ではあるが悪意を感じた。
冬の女王のクリスタルを見せた時。
ほんの一瞬だけど、底知れない悪意を感じた。
そのことを考えると、俺達にとって不利益なことを企んでいる、と判断しても間違いじゃないと思う。
まあ、そんな理由がなくても怪しいことこの上ない。
何を企んでいるのか?
アーランドの事件に関与した理由は?
レティシアの変貌の理由を知っているのか?
色々と謎は尽きないのだけど……
せっかくのチャンス。
逃すことなく、暴けるだけのことは暴いていこうと思う。
「で、俺らを害するとしたら、油断させるのは一番楽で確実だと思うんだよね」
「ということは……実際に、おもてなしをする、っていうこと?」
「だと思う。きちんと食事を用意して……でも、その中に痺れ薬とかを混ぜておくとか、そんなことをしてくると思う。根拠はないんだけどね」
「ですが……ハルさまが言うと、その通りになるような気がしてきました。アーランドの時も、ピタリと敵の思惑を言い当ててみせましたし」
あの時は、ジンがわりとわかりやすい行動をしていたからね。
あと、その背後にいたオルド神官も、実にわかりやすい。
「痺れ薬を混ぜてくるとか……そういうことを警戒するとしたら、どれだけ豪華にもてなされたとしても、料理を食べることはできないわね」
「ですが、それでは相手を警戒させてしまうのでは? あえて罠にハマり、敵を油断させる……それが達成できないと思います」
「うん、アンジュの言う通り。なので、痺れ薬か毒か……あるいは、他の方法で攻めてくるか。断定はできないけど、ありとあらゆる可能性を考えて、対策をして、安全を確保した上で罠に飛び込もうと思う」
「けっこうリスキーな選択なのね」
「リスクなしにリターンは得られないよ」
「もっともね。でも、毒を仕込まれたりしたら、どうすればいいの? 毒耐性なんてスキルは誰も持っていないから、毒が仕込まれていたらその時点でアウトよ」
「大丈夫。俺に考えがあるから」
そう言い、俺はアンジュを見る。
「俺に魔法を教えてくれないかな?」
――――――――――
その後、しばらくして俺達は宴に招待された。
さきほどの客室よりも数倍広い部屋に案内されて……
そこには、色とりどりの料理が山程用意されている。
想像以上の歓待だ。
ただ、ミリエラの姿はない。
急な仕事が入ってしまったらしく、数時間は手が離せないとのこと。
待たせることは申しわけないため、食事は俺達だけで。
その後、改めて時間をとり、お茶を飲みながらゆっくり話をしよう……とのこと。
拒否することはなく、俺達は豪華な食事を食べて……
いっぱいに腹を満たしたところで、再び客室に戻るのだった。
――――――――――
「お客さま」
屋敷で雇われている執事が、ハル達が滞在する客室の扉をノックした。
コンコン、と硬質な音が響く。
ただ、反応はない。
「お客さま?」
執事はもう一度ノックをするものの、やはり返事はない。
「……」
普通ならば、おかしいと怪訝に思うだろう。
しかし、執事は特に疑問を抱くことなく、そのまま扉を開けて客室に入る。
ソファーの背もたれに寄りかかるようにして、ハル達が寝ていた。
深い眠りに誘われている様子で、扉が開く音がしても目が覚める様子はない。
その様子を見て、執事は満足そうに頷く。
「ふむ……いつも通り、薬の効果は十分みたいですね」
執事は胸ポケットから小さな呼び鈴を取り出して、それをチリンチリンと鳴らす。
その合図で、数人のメイドが現れた。
「状況は見ての通りです。いつものように、あの部屋まで運ぶように」
「……あ、あの」
「なんですか? 早く動きなさい」
「でも、その……こんなことをいつまで続ければ……」
「主が望むのならば、私達はその手足となり働くまでのこと。つまらない疑問、疑念を抱くことなく、駒となり動きなさい」
「で、ですがっ……」
「死にたいのですか?」
「っ……!? わ、わかりました……」
苦渋の表情を浮かべながら、メイドはハル達に近づいていく。
その手がハルに触れようとした瞬間、
「えっ」
突然、ハルの目が開いて、爆発的な速度で駆け出した。
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