87話 ミリエラ・ユルスクール
俺、アリス、アンジュは、さっそく領主の屋敷を訪ねた。
といっても、いきなり中に案内されるということはない。
屋敷は広く、門の手前に警備の兵の詰め所がある。
まずはそこを訪ねた。
「ダンジョンで希少品を手に入れたから、領主さまに献上したい」。
そう伝えると、その場で冬の女王のクリスタルを見せることに。
俺の言葉に嘘偽りがないことを確認した警備の兵の一人が、席を外して屋敷の方へ。
領主か……あるいは、それに近い者に確認を取りに行ったのだろう。
そのまま待つこと三十分ほど。
面会の許可が降りて、俺達は屋敷の中に入ることを許された。
色々と回り道を強いられてしまったけれど……
ようやく、ここまで来ることができた。
さあ、勝負はこれからだ!
――――――――――
俺とアリスとアンジュの三人は、客間らしき部屋に案内された。
豪華な調度品や、いかにもという感じの高そうな芸術品が飾られている。
床の絨毯にしても、金の刺繍が入っているという、とんでもないものだ。
「なんていうか……ちょっと悪趣味ですね」
「ちょっと、っていうレベルかしら、これ? とりあえず高いものを買い並べて、どうだー、って自慢してるような感じなんだけど」
オブラートに包むアンジュとは対照的に、アリスはズバズバと厳しいことを口にする。
ただ、その指摘は的外れじゃない。
というか、その通りだったりする。
確かに、飾られている芸術品や調度品は一流のものだ。
文句のつけようがなくて、輝いて見えるほどにすばらしいと思う。
ただ、考えなしに配置されているから、統一感や調和というものが皆無。
見栄えがよくなるどころか悪くなり、アリスが言うような悪趣味な感じになっている。
かなり残念な感じだ。
あえて意図があって、こうしているのか……
それとも特に意味なんてないのか。
よくわからないけど……悪趣味で落ち着かない部屋、という印象は変わらない。
「この部屋が領主のデザインだとしたら、最悪ね」
「どうなんでしょうね……圧政を敷いている貴族は、己とその周囲を飾ることに夢中になる、という話はよく聞きますが」
「だとしたら、本人も装飾品でジャラジャラしているのかな?」
「典型的な悪徳貴族ね」
そんな話をしていると、廊下の方から足音が響いてきた。
たぶん、領主……ミリエラ・ユルスクールのものだろう。
おしゃべりはここまで。
この後の話次第で、領主が敵になるか味方になるか決まる。
しっかりと考えて、臆することなく、前を向いていこう。
「お待たせいたしました」
扉が開き、一人の女性が姿を見せた。
歳は……20代だろうか?
けっこう若いと思う。
大人になり、幼さの消えた顔つき。
ただ、凛々しさや鋭さ、妖艶さというものは感じられない。
鼻筋などがとても綺麗で、落ち着いた雰囲気がある。
着ているドレスは燃えるような赤で、かなり派手だ。
大きくゆったりとしたサイズ。
それでいてあちらこちらに装飾が施されている。
それと、耳にイヤリング。
指にリング。
それぞれ宝石が散りばめられている、一目で高級品とわかるものだ。
落ち着いた表情をしつつも、その身にまとう服や装飾品は派手。
どこか矛盾した印象をうける女性だ。
「はじめまして。私がこの迷宮都市の領主の、ミリエラ・ユルスクールですわ」
にっこりと笑い、丁寧にお辞儀をされた。
まさか、こんなに丁寧な挨拶をされるなんて。
てっきり、もっと横柄な態度を取られるものかと……
予想が外れ、少し混乱してしまう。
それでも動揺はなるべく表に出さないで、こちらも頭を下げる。
「はじめまして。冒険者の、ハル・トレイターです」
「パーティーメンバーの、アリス・スプライトです」
「同じくパーティーメンバーであり……そして、城塞都市アーランドの領主の娘、アンジュ・オータムです」
それぞれに頭を下げた。
領主の反応は……
「ええ、よろしくお願いいたしますわ」
ひどく穏やかだ。
たかが冒険者とこちらを見下すようなことはなくて、対等な関係であることを示すように、優しく笑っている。
なんていうか……拍子抜けだ。
圧政を敷いて、屋敷を豪華な装飾品で飾る。
どうしようもない性格を想像していたんだけど、でも、そんなことはない。
むしろ、とても性格の良い人に見える。
とはいえ、結論を出すのは早計というもの。
実は本性はまったく別で、穏やかな性格は演技でした、という可能性もある。
油断しないでいこう。
「それで……なにやら、とても珍しいものを手に入れたとか?」
「はい。こちらをごらんください」
冬の女王のクリスタルを差し出す。
「へぇ、これは……」
「っ……!?」
一瞬だけど、とてもイヤな感じがした。
そんなことは気にしないという様子で、ミリエラは話を続ける。
「これは、冬の女王という希少種を倒した時に手に入れたものです」
「まあ、冬の女王の? 話は聞いたことがありますが……なるほど、このようなものがあるなんて。とても綺麗ですね」
「領主さまは、このような嗜好品を集めていると聞きました。街で売るよりも、領主さまのところへ持っていく方がいいと思い……」
「まあ、ありがとうございます。とてもうれしく思いますわ」
領主は子供のように無邪気に笑い、喜んでみせる。
裏があるようには見えないんだけど……うーん?
「もちろん、買い取らせていただきますわ。そうですね……これくらいでいかがでしょう?」
「えっ、こんなに?」
ミリエラが提示した額は、予想の倍以上だった。
「えっと……そんなに出していいんですか?」
「確かに、相場に比べると高いかもしれませんね。ですが、コレを手に入れるには、相当苦労したはず。その労力を考慮して算出した額になりますわ」
単純に物だけを買い取るわけではなくて、冒険者が背負ったであろう労力も考慮してくれる。
普通に良い人だ。
こんな人が圧政を敷いているなんて、信じられない。
信じられないんだけど……うーん。
黒い噂のある人が、実は綺麗で潔白な人でした、なんていう話の方が信じられない。
そもそもの話、あまりに綺麗すぎる。
なに一つ、黒いところがないと逆に疑いたくなる。
「トレイターさん達は、この後の予定は?」
「いえ、特には」
「でしたら、今日は屋敷に滞在されていきませんか? このような素晴らしい品を買い取る機会をいただけたことを感謝したく……どうでしょうか?」
どうやら、もてなしてくれるみたいだ。
もっと気楽な状態で話をすることができれば、色々なことがわかるかもしれない。
望む展開ではあるのだけど、突然のことに、やや戸惑いもある。
「アリスとアンジュはどうしたい?」
「……いいんじゃないかしら? せっかくだし、厚意に甘えましょう」
「はい、私も賛成です」
二人はちらりと目配せを交わした後、そんな結論を出した。
たぶん、なにかしら考えがあるのだろう。
もちろん、俺も考えがある。
「じゃあ……お言葉に甘えることにします」
「まあ、よかった。私、冒険者の話を聞くことが大好きなのよ。よければ、色々な話を聞かせてちょうだい」
「ええ、喜んで」
「そうと決まれば、屋敷の使用人達に準備をさせないと。みなさんは、ここで待っていてちょうだい。数時間くらいかかると思うのだけど……準備ができたら、また呼びに来るわ。楽しい時間にしましょう」
ミリエラは穏やかな笑みを残して、客室を後にした。
俺達だけになり、念の為、小声で話をする。
「ハル、どう思う?」
「断定はできないけど……黒かな。なにか企んでいると思う」
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