78話 ひとまずの勝利
「っ……!?」
声のない悲鳴。
シニアスは魔法の威力で仰け反り、そのまま倒れた。
ピシリ。
甲高い音が響いて、仮面にヒビが入る。
その亀裂は止まることなく、仮面全体に広がり……
ついには仮面そのものが砕け散った。
「くっ……貴様……!」
仮面が砕けた衝撃で傷ついたらしく、シニアスは額から血を流していた。
片手で額を押さえながら起き上がる。
指の隙間からこちらを睨みつけているのが見えた。
「こいつ、まだやるつもりなのか!?」
「師匠、どうするっすか!?」
「それは……」
これ以上の攻撃となると、致命傷に繋がる可能性が高い。
しかし、そうでもしないとこの男は止まらない。
それは理解していた。
しているのだけど……どうしても、ためらいを覚えてしまう。
人を殺すという抵抗感に、手が迷ってしまう。
「隊長っ!」
奥から赤い鎧を来た男達が現れた。
シニアスの部下だろう。
「隊長、その傷は……!?」
「まさか、隊長をここまで追い込むヤツがいるなんて……」
「くっ……離せ。俺は、まだまだ戦える……!」
「無茶です、一度退きましょう!」
「……ちっ」
部下に支えられなければ、一人で立つことも難しいようだ。
よろめきながらも、シニアスは鋭い視線をこちらに送り……
そして、笑う。
「良い殺し合いだった」
「っ……!?」
「次は、最後までやろう」
なんで、笑うことができるんだろう?
殺し合いをすることを望むなんて、コイツはいったい……
「師匠、いいっすか? 逃しちゃうっすよ」
「……今は、みんなとの合流を急ごう」
俺は……なにをしているんだろう?
感情に流されて人を殺そうとしたり、かと思えば、トドメを刺すことをためらったり。
心が揺れて、まるで定まっていない。
これなら、まだシニアスの方がマシだ。
アイツの狂った考えを認めることはできないけど……
でも、その心はまったく揺れることなく、強い意思の元に動いている。
「……俺も、あれくらい強い思いを抱けるようにならないと」
なんのために戦うのか?
そのことを今一度、見直さないといけないのかもしれない。
――――――――――
上層に戻り、そのままダンジョンの外へ。
ダンジョンの出口で待っていてくれたみんなと合流して、宿に移動した。
そして……
「……」
宿の裏手にある小さな庭。
店主の許可をもらい、そこにシロの墓を作る。
小さな墓の前で、シルファが手を合わせてシロの安らかな眠りを祈った。
みんなも手を合わせている。
短い間とはいえ、シルファとシロの仲の良いところを見てきたから、色々と思うところがあるのだろう。
今はただ、シロがゆっくりと眠れることを祈るだけだ。
その後、宿の部屋へ。
今後のことを話し合う。
「……というような感じかな」
シロの仇を討ち……その後、シニアスと激突したこと。
それらの出来事を説明した。
シルファのことは話していない。
一度、戦った。
でも、今も俺の命を狙っているようには見えない。
シロの件で思うところがあるのだろう。
なので、ひとまず保留にしておくことに。
「紅の牙と完全に衝突……か。厄介なことになったわね」
アリスが難しい顔をして言う。
ただ、俺の行動を咎めることはしない。
たぶん、アリスもシロの仇を討つという俺の行動に賛成してくれているのだろう。
「領主の私兵ということですから、私達のことは報告していますよね? そうなると、領主がどう動くか……そこが心配ですね」
「噂によると、殺し屋を雇い、逆らう者を始末しているという様子。お嬢さまが心配するように、私達が狙われる可能性は高いでしょう」
厄介なことになってしまったと、みんなで頭を悩ませる。
「そもそもの話、領主の目的がわからないんだよなぁ」
紅の牙なんて部隊を設立して圧政を敷いて、やりたい放題をする。
普通に考えて、こんな統治が長く続くわけがない。
いずれ民の陳情が国に届いて、監査が入る。
圧政を敷いていることが判明すれば、領主の任を解かれ、そのまま罪人として投獄されるだろう。
一時の快楽のために、後先考えない圧政を敷く愚か者なのか。
それとも、なにかしら目的があり、あえて圧政を敷いているのか。
「なにを考えているのかな?」
「なにも考えてないんじゃないっすか。今まで自分が見てきた人間と同じっすよ。きっと、毎晩毎晩パーティーを開いて贅沢してるっす。そのために圧政を敷いてるっす」
「そう……なのかな?」
そういうわかりやすい相手ならいいんだけど……
なんか、違うような気がするんだよね。
違和感を覚える部分を具体的に指摘して、と言われたら困る。
ほぼほぼ勘のようなもの。
根拠なんてない。
でも、領主をよくいるような悪人と同じように見ていたら、いずれ痛い目を見る。
そんな予感がしてならないのだ。
「領主のこと、知りたいの?」
ふと、シルファが口を開いた。
アリスが不思議そうにしつつ、問い返す。
「シルファは領主のことを知っているの?」
「うん、少しは知っているよ。だって、シルファは領主に雇われていた殺し屋だから」
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