73話 仇を討て
とあることをしつつ、その場で待機すること三十分ほど。
ようやく瓦礫が撤去されて、紅の牙の連中が姿を見せた。
「はぁ……やっと通れるようになったか。くそっ、なにをしたかわからないが、ふざけた真似を……」
「あの冒険者、隊長に引き渡す前に痛めつけてやろうぜ。なに、ちょっとくらいなら大丈夫さ」
「俺がどうかした?」
「「っ!?」」
声をかけると、紅の牙の二人組はビクリと震えた。
弾かれたようにこちらを見て、次いで、不機嫌そうに舌打ちをする。
「てめえ……逃げずにいるなんて、いい度胸をしているな」
「まあ、おかげで探す手間が省けたぜ。おらっ、こっちに来い」
男の一人が手を伸ばしてくるが……
それを、パンッ、と強く払いのける。
「……あん?」
なにが起きたかわからないという様子で、男が間の抜けた顔をする。
その顔に、おもいきり拳を叩きつける。
「ぐぁっ!?」
男が鼻血を撒き散らしながら吹き飛ぶ。
もう一人の男は、同じようにぽかんとしていて……
ほどなくしてなにが起きたか察したらしく、こちらを睨みつけて怒鳴る。
「てめえっ、なにしやがる!?」
「うーん……やっぱり俺、近接戦闘は向いてないな。殴った俺の方も痛いし、あまりダメージ与えられていないし……シルファって、やっぱりすごいんだな」
「おいっ、なにシカトして……はぐっ!?」
いきり立つもう一人の男も殴り飛ばした。
きちんとした格闘術なんて習っていないので、こちらの拳も痛い。
それでも。
内から溢れ出る衝動に突き動かされて、殴らずにはいられなかった。
激情をぶつけずにはいられなかった。
「なにをする? それ、俺の台詞なんだよね」
シロを殺して……
シルファを泣かして……
そんなことをされて、俺が怒らないと思っているのかな?
この人達は、どんなことをしても許されると思っているのかな?
もしも、そんな風に勘違いをしているのだとしたら……
その思い上がり、正してあげないと。
「こいつ……!」
「殺すっ」
男達は殺気立ち、それぞれ剣を抜いた。
完全にやる気になったみたいだ。
ここは、それほどの広さがないダンジョン内。
ファイアのような魔法を使うことはできない。
かといって、フレアソードではオーバーキルだ。
まあ、それでもいいかな。
なんて、ちょっとは思うのだけど……
でも、こんな連中と同じレベルに堕ちるつもりはない。
だから、殺しはなし。
そのためにどうすればいいか?
答えは……
「ファイアボム」
指差した先で、小規模な爆発が起きた。
ボンッ、という音が響いて、衝撃波が宙を走る。
それにおもいきり巻き込まれた男の一人が、悲鳴をあげることもできず、そのまま昏倒する。
「……は?」
もう一人が、再び唖然とした顔に。
なにが起きたかわからないと、その表情が語っている。
別に俺は、特殊なことをしたわけじゃない。
ただ単に、魔法を使っただけだ。
強いて言うのならば、その魔法は、フレアソードと同じく自分で開発したもの。
近接戦闘で使えるような、範囲はごく一部に限り、威力はそれなりのもの……という設定だ。
この二人を待つ間……
三十分近い時間があったため、じっくりしっかりと開発することができた。
「てめえ、なにをっ……!?」
「ファイアボム」
もう一人も、同じ魔法で黙らせた。
「うーん……ちょっと、範囲が狭すぎたかな? 一人一人相手にしないといけないっていうのは、ちょっと問題かも。とはいえ、これ以上範囲を広げると、さっきみたいなことになるかもしれないし……まあ、こんなものかな」
倒れ伏した男は動くことができず、手足の先をわずかに震わせるだけだ。
ただ、片方は意識があるらしく、うめき声をこぼしている。
「て、てめえ……こんなことをして、タダで済むと……」
「……こんなことをして?」
うん……この人はなにを言っているのかな?
自分達がなにをしたか、それをまるで理解していないのかな?
シロを殺しておいて……
小さな命を奪っておいて……
そのことを欠片も意識してなくて、ただただ、傲慢な態度を見せる。
正直、吐き気がするほどに嫌悪感を覚えた。
こんな感情を抱くのは、生まれて初めてかもしれない。
イヤな感情がどんどん膨れ上がり、心を侵食していく。
真っ黒に塗り替えていく。
「あのさ……もしかして、ふざけている?」
「な、なんだと……」
「それ、俺の台詞なんだけど? なんで、こんなことができるのかな? 自分達がやらかしたっていうこと、自覚すらしていなくて……いや、ホント。どれだけふざけているのかな? ねえ、なにを考えているのか教えてくれない?」
「ひっ……」
ダメだ。
どうしようもない怒りがこみ上げてくる。
自分では制御することができない。
ふざけたことを言う男の口を潰してやりたい。
それだけじゃダメだ。
シロと同じように、殺してしまおう。
さらに、魂さえも粉々に砕いてやろう。
そうだ、そうしてしまおう。
やりすぎることのなにが悪い?
殺しはなしって思っていたけど、それこそなし。
前言撤回。
やられたからやり返す。
至極当然、当たり前のことじゃないか。
そう、俺は正しいことを……
「あっ、師匠!」
「っ!?」
振り返るとサナの姿が。
いつもと変わらない、のんびりとしつつ、明るい笑顔を浮かべている。
その姿を見ていたら、心の中の黒い感情がスーッと過ぎ去っていくのだった。
『よかった』『続きが気になる』と思っていただけたら、
ブクマやポイントをしていただけると、とても励みになります。
よろしくおねがいします!




