71話 命は一つ
紅蓮の炎が天井を舐める。
熱と衝撃波が撒き散らされて、ダンジョンが揺れた。
その振動に耐えられないという感じで、天井が崩落する。
大量の瓦礫が降り注ぎ、通路を埋めてしまう。
「こほっ、けほっ……ちょっと乱暴だったけど、なんとかなったかな?」
舞い上がる粉塵に咳き込みつつ、完全に通路がふさがったことを確認する。
他にも通路があるだろうから、完全に撒いたわけじゃない。
ただ、シロを治療する時間は稼ぐことができただろう。
「あいたたた……なによ、これ。いきなり床が崩れるなんて……」
「なにかのトラップでしょうか? 危ないところでした」
「お嬢さま、アリスさま。大丈夫ですか?」
「って……あれ?」
穴が空いた天井から、三人の人影と聞き覚えのある声が。
「もしかして……アリス? それに、アンジュとナインも」
「あっ、ハル!」
最初にアリスがこちらに気がついた。
俺とシルファの顔を見て、安心したように吐息をこぼす。
後ろにいるアンジュとナインも同じような仕草を。
そして……アリスがジト目になる。
「今、床がいきなり崩落したんだけど……まさか、ハルが関係してる?」
「え、えっと……」
「トラップとか、そういう感じじゃなかったのよね。いったい、どういうことなのかしら?」
「……俺がやりました」
アリスは犯罪を問い詰める騎士のような感じで、逆らうことができず、俺はがくりとうなだれた。
「えっと……サナは?」
「あたし達も知らないの。まあ、彼女のことだから問題ないと思うけど」
「そっか」
「それよりも、ハルのことよ。まったくもう……ダンジョン内でハルが魔法を使うと、こういうことになるの。だから禁止していたのに」
「敵……っぽい連中に追われていたから、通路を塞ぐために、つい……」
「敵?」
「って……そうだ! 細かい説明は後にして、早く治療をしないと!」
「治療? ハル、怪我をしたの?」
「俺じゃない、シロが怪我をして……」
紅の牙が現れたこと。
その連中によって、シロが怪我をしたこと。
まずはそのことを説明した。
途端にアリスとアンジュの顔色が変わる。
「大変じゃない!?」
「シロちゃんはどこですか!?」
すぐにシルファのところへ案内する。
シルファはシロを大事に抱きかかえていて、何度も呼びかけていた。
しかし、シロの反応はない。
応える気力もないのか、それとも……
いや、その先を考えるのはよそう。
まずは、できることをするべきだ。
「シルファ。シロをこの上に」
俺は上着を脱いで、地面に敷いた。
なにもないよりはマシだろう。
「シロ……大丈夫だからね」
シルファはとても心配そうにしつつ、シロを上着の上に寝かせる。
絶対に失敗することのないように、俺は深く集中した。
魔力を手の平に集めて、練り上げていく。
「ヒールッ!」
淡い光がシロを包み込む。
目に見える外傷がないためわかりづらいが、きちんと傷は癒やされているはずだ。
それなのに……
「……シロ、動かないよ?」
シロはピクリとも動かない。
目を閉じたまま、四肢を投げ出すようにして、ぐったりとしていた。
イヤな想像が広がるが、でも、まだ諦めたくない。
「アンジュ、頼んでもいいかな?」
「え? しかし、私の魔力はハルさまに比べると……」
「でも、俺が使えるのは初級魔法だけだから。上級治癒魔法を使えるアンジュなら、もしかして……」
「……わかりました」
俺と交代して、アンジュがシロの前に立つ。
「セイクリッドブレスッ!」
白い光が地面から立ち上がり、シロを優しく包み込む。
ほどなくして光が収まり、それらの粒子がシロに吸収されていく。
致命傷でなければ、どんな傷も癒やしてしまうと言われている魔法だ。
これでダメだとしたら……
「シロ……?」
シルファの問いかけに……シロは反応しない。
目を閉じたままだ。
「シロ、起きないよ……? ねえ、早くシロを治して」
「ハルさま……これは……」
「うん……わかっているよ」
シロは、もう……
「シルファ、落ち着いて聞いてほしい。シロは……もう、死んでいるんだ」
「え?」
「どんな力を持っていたとしても、なくなった命を取り戻すことはできないよ」
もう少し早く治療することができていたら。
もっと俺に力があれば。
悔しく思うのだけど、でも……もう、どうすることもできない。
「……シロは、もう目を覚まさないの?」
「うん」
「それは……死んじゃったから?」
「そうだよ。それが……死ぬ、っていうことなんだ」
「シロ……死んだ……?」
シルファは小首を傾げた。
やっぱり、この子は命のことをよく理解していない。
どれだけ重いものなのか、大事なものなのか……そのことを知らない。
だからこそ、殺し屋なんて続けられていたのだろう。
でも、それはシルファのせいじゃない。
彼女を拾い、殺し屋へと仕立て上げた組織とやらのせいだ。
こんな子にむごいことを……!
「そっか」
ややあって、シルファがぽつりとつぶやいた。
「これが……死んじゃう、っていうことなんだ」
シルファは無表情だった。
ただ、その瞳には涙が浮かんでいた。
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