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69話 それは十分な理由

 勢いよく起きたシルファは、そのままこちらに突撃する。

 俺は慌てて魔力を練り上げる。


「破砕拳っ!」

「シールドッ!」


 なんとか間に合い、シルファの拳技を魔法で受け止めることができた。


 それでも諦めることなく、シルファは次の行動に移ろうとする。

 絶対に獲物を離すことなく、しつこいぐらいに食らいついてくる。

 まるでスッポンだ。


「そこまで」

「むっ……!」


 シルファが次の行動に移る前に、その眼前に手の平を突きつけた。

 すでに魔力は充填済み。

 いつでも魔法を解き放つことができる。


 さすがにこれにはすぐに対処できず、シルファはピタリと動きを止める。


「まだ続けるか?」

「続けるというか続けないというけないというか、これは勝負じゃなくて殺し合いだよ?」

「そうかもしれないけど……でも、俺はシルファと殺し合いをするつもりなんてないよ。仕方なく迎撃してただけ」

「そうなの?」

「あのさ……まずは、話し合わない? どうして、シルファが殺し屋なんてしているのか。そして、どうして俺がターゲットに選ばれたのか。まずは話をして……それで、ひょっとしたら妥協点が見つかるかもしれない」

「うーん、どうだろ? シルファの仕事は殺しだから、ハルが死ぬ以外に完了はしないんだけどね」

「シルファは、俺を殺したい?」

「それは……」


 初めてシルファに迷いのようなものが見えた。

 今まで隠していたものが溢れ出したかのように、とても微妙な顔をしている。


「……殺したくないかな」

「そっか」


 よかった。

 これでもし、殺したいとかどうでもいいとか答えられたら、ショックを受けるところだった。


 旅の途中に知り合っただけかもしれないけど……

 それなりの時間を一緒にいるから、仲間意識も芽生える。


「だから、まずは話をしよう。ひょっとしたら、別の道があるかもしれない」

「……うん、いいよ」


 迷うような間を置いて、シルファは小さく頷いた。

 殺気と闘気が消える。

 そして、シルファは両手を頭の後ろへやりつつ、ゆっくりと距離を取る。


 敵意がないことを示すためだけじゃなくて、まだどこかで、俺のことを警戒しているのだろう。

 再びの戦いになるのではないかと、いつでも動けるように、不意打ちをされないように、間を空けているのだろう。


 そんな心配は不要なんだけど……

 でも、まずはシルファの好きにさせようと思う。

 そうすることで、少しずつでも信頼を勝ち取っていきたい。


 俺も後ろに下がり、あえてシルファと距離を取る。

 こうする方が、たぶん、シルファは安心するだろう。


「えっと……まずは、俺から色々と聞いてもいいかな?」

「うん、いいよ」

「それじゃあ……根本的なことを聞くけど、どうして暗殺者なんて?」


 もしかして、シルファは暗殺者一家に生まれたのだろうか?

 それで、跡を継ぐために厳しい修行を課せられて、暗殺者になったのかもしれない。


 あるいは、家族を人質にとられているのかもしれない。

 それでやむを得ず、殺しをしているとか。


 あれこれと考えてみるものの、


「お金を稼ぐためだよ」


 返ってきた答えは、実にシンプルなものだった。


「……」

「……」

「え? それだけ?」

「それだけだよ」

「他に理由はないの? なんかこう、物語に負けないような、ものすごく大変な理由とか……」

「ないよ? ハルは、シルファになにを期待しているの?」

「期待、っていうことはないんだけど……うーん」


 殺し屋なんてしているから、ものすごく大きな理由があると思っていた。

 でも、蓋を開けてみればそんなことはなくて、ただ単に、生きていくために必要なお金を稼ぐだけという理由。

 正直、肩透かしだ。


「そんなことで殺し屋をしているなんて……」

「そんなことじゃないよ。シルファにとっては、とても大事なことだよ」

「そう……なの?」

「うん。だって、お金がないと食べ物を買えないからね。お腹ペコペコになったら、そのうち死んじゃうからね。シルファは、生きるために殺し屋をしているの」

「……他の仕事をするつもりは?」

「他の仕事? シルファみたいな女の子は、殺し屋以外の仕事はできないんだよ?」

「え?」


 そんなこと、初めて聞いた。

 俺は物を知らないところがあるけど、でも、いくらなんでもシルファの言っていることが無茶苦茶ということは理解できる。


 俺とまともに話をするつもりがなくて、適当なことを言っている?

 いや、そんな風には見えない。

 本気で他にできる仕事がないと信じ込んでいるみたいだ。


「他の仕事はできない、って……それって、もしかして、誰かから聞いたこと?」

「うん、そうだよ。シルファを拾ってくれた組織の人が教えてくれたの」

「拾う?」

「シルファ、孤児だったんだよね。親もいなくて家もなくて、その日その日の食べ物に苦労していたの。時になにも食べられなくて、なにも飲めなくて……そんな日がけっこうあって、このまま死ぬんだなあ、って思っていたの」

「……」

「そんな時、組織に拾われたんだ。シルファには殺しの才能があるから、殺し屋になりなさい、って。仕事をすればお金をくれるから、シルファは殺し屋になることにしたの」

「それは……いや、でも……」


 シルファは殺し屋と簡単に名乗り、そして、俺に対しても本気で挑んできた。

 それらのことから、命の重さを理解していない節があるように思える。


 普通は、道徳心というものは親や周囲の大人から教えてもらうものだ。

 でも、シルファに両親はおらず……

 周囲にいる大人も、組織という実に怪しい存在。


 シルファは人の命について、まともに考えたことがないのでは?

 というよりは、おかしな知識を植え込まれている可能性が高い。

 だから殺し屋をしているし、簡単に命を奪うようなことができてしまうのだろう。


 真に悪いのはシルファじゃなくて、彼女の周囲にいる大人達だ。

 歪んだ知識を植え付けて、自分達のいいようにシルファを動かしている。


「シルファの言う組織っていうのは?」

「うーん……それは禁句。話したら怒られちゃうからダメ」

「わかったよ。なら、詳しくは聞かない。でも、そこにいたらダメだよ。そんなところにいたら、シルファはダメになる。ただの殺しの道具になってしまうよ」

「うん? どういうこと?」


 シルファは不思議そうに小首を傾げた。

 命を重さを理解していないから、なぜ俺が反対するのかもわからないのだろう。


 どうする?

 どうすれば、シルファを説得できる?

 一番確実な方法は、命の重さを教えることだと思う。

 でも、言葉で伝えられること、俺は口が上手じゃないし……


 どうすればいいんだろう?

 次の対応に迷った時、


「おいっ、あいつのことじゃないか?」


 そんな声と共に、赤い鎧を身に着けた男が三人、姿を見せた。

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◆◇◆ お知らせ ◆◇◆
再び新作を書いてみました。
【氷の妖精と呼ばれて恐れられている女騎士が、俺にだけタメ口を使う件について】
こちらも読んでもらえたら嬉しいです。
― 新着の感想 ―
[良い点] そもそも…喰うや喰わずで生きるか死ぬかの環境を生き抜いてきた女の子が、命を大切に…と言われても、あまりピンとこないでしょうネ… [気になる点] 才能を見出だし鍛え上げたのは、はたして… […
[一言] 洗脳教育されてたのか
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