66話 狩人
シニアス率いる紅の牙がダンジョンに足を踏み入れた。
その数は、全部で20人。
かなりの大所帯だ。
ダンジョンを攻略する上で最適な人数は、三人から六人ほどと言われている。
単独ではなにかイレギュラーが起きた時、対処できない可能性が高い。
かといって多すぎるとスムーズな行動が難しくなり、突発的なトラブルに対処できない恐れが出てくる。
そのため、三人から六人が理想と言われている。
もちろん、シニアスはそのことを知っている。
ダンジョンに潜る機会はないが、アズライールに暮らす者として、それくらいの情報は当たり前のように持っている。
「隊長、今日はこんなところでどうするんですか?」
ダンジョンに潜るにしては、人数が多すぎる。
かといって、治安維持の名目で暴れる場所としてはつまらない。
部下も不思議に思っているらしく、そんな質問をする。
「ハル・トレイターという男を探せ」
「へ?」
「聞こえなかったのか? ハル・トレイターという男だ。冒険者として、つい先日、この街にやってきたらしい。調査によると、今はダンジョンに潜っているようだ」
「は、はぁ……そういえば、そんなことを隊長が調べているって、同僚が言ってましたけど……でも、ソイツを探し出してどうするんです?」
「お前は俺のなんだ?」
「え?」
鋭い目で睨みつけられて、部下は目を白黒させた。
そんな態度に、シニアスは苛立ちを募らせる。
「俺の副官か? それとも、隊の参謀か?」
「あ、いえ……」
「違うだろう。どちらでもなく、ただの駒だ。駒は駒らしく、黙って俺の言うことに従え」
「し、失礼しましたっ」
部下は慌てて頭を下げた。
そうでもしなければ、拳が飛んできてもおかしくはない。
事実、過去に似たようなことをやらかして、鉄拳制裁された同僚を知っている。
その同僚は、一発の拳でひどい怪我を負うハメに。
そのまま治癒院送りとなり、まともな生活を送ることができなくなったとか。
あんなことはごめんである。
部下は余計な疑問や好奇心を打ち消して、ただただ命令に忠実であろうと決めた。
「その冒険者を捕らえればいいのでしょうか?」
「場所を見つけるだけでいい。いや……場所を見つけるだけではなくて、その場に留めておけ。すぐに俺が向かう」
その返答を聞いて、部下はシニアスの考えていることを、なんとなくではあるが察した。
狩りのターゲットとして選ばれたのだな、と思う。
シニアスが戦闘狂であることは、大勢の部下が理解していた。
そして、時折、腕の立つ者を見つけては勝負を挑み、文字通り狩りをすることも承知していた。
どこの誰か知らないが、隊長に目をつけられるとはかわいそうに。
部下は顔も知らない冒険者に同情する。
しかし、だからといって手を抜くつもりはない。
見逃すつもりもない。
そんなことをすれば、シニアスの矛先が自分達に向いてしまう。
最悪、狩りの対象にされてしまう。
そんなことはごめんだ。
自分達のため、冒険者には生贄となってもらおう。
それに、時と場合によってはおこぼれをもらうことができる。
冒険者に仲間がいて、それが女だった場合は、楽しいことになる。
そんなことを何度も経験してきた。
シニアスが戦闘狂ならば、その部下達は、実にわかりやすいロクデナシなのであった。
「ハルという冒険者がダンジョンに潜ったのは、数時間前のことらしい。急げば追いつくことができるだろう。急げよ」
「はっ、わかりました!」
部下達は敬礼を一つすると、足早に駆けていった。
その後ろ姿を見送りつつ、シニアスはダンジョンの入り口で待機する。
「さて……使えない無能が多いが、人探しくらいはできるだろう」
うまくいけば、一時間後には冒険者の居場所を掴むことができるだろう。
それから、その場所に赴いて……うまくいけば、数時間後には接触できるはず。
その時のことを考えて、シニアスは笑みを浮かべた。
唇の端を大きく吊り上げるようにして、凶悪に笑う。
「……ははっ、俺は笑っているのか」
自分が笑っていることに気づいたシニアスは、重ねるようにして笑う。
ここまで心躍るのは、いつ以来だろうか?
剣聖の弟子と呼ばれていた冒険者を倒した時か。
高名な魔法使いを倒した時か。
過去の凶行を思い返してみる。
ただ、今は、その時以上の高揚感と期待感に包まれていた。
心が自然と踊り、待ち遠しいというかのようにソワソワしてしまう。
「俺を楽しませてくれよ」
シニアスはその時に向けて、剣の手入れを始めるのだった。
――――――――――
「いたたたっ……」
気がついたら、見知らぬ場所にいた。
頭が痛いけど、致命傷とかそういう感じはしない。
たぶん、ぶつけただけで、たんこぶができている程度だろう。
気を失っていたのも、一瞬のはず。
「えっと……ここは、五層か?」
周囲を見ると、ダンジョンの雰囲気が元に戻っていた。
落とし穴にハマり、そのまま五層に来てしまったみたいだ。
しかし、みんなの姿はない。
落とし穴にハマったせいで、はぐれてしまったみたいだ。
「まいったな」
みんな強いから、心配する必要はないのかもしれないけど……
でも、それはそれ、これはこれ。
こんなところではぐれてしまうと、やっぱり心配になってしまう。
「ひとまず、合流を急ごう」
もしもはぐれた時は、上層に続く階段で待ち合わせをする、という約束になっている。
すぐに探索をして、階段を見つけることにしよう。
そう決めて、ダンジョンの探索を始めること少し。
コツコツ、という足音が近づいてきた。
人の足音?
あるいは……魔物か?
いつでも動けるように警戒して、様子を見る。
やがて、姿を見せたのは……
「あ、ハルだ。やっほー」
こんな時でも無表情のシルファだった。
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