65話 魔物ハウス
探索は順調に進んでいた。
まだ上層のためか、出現する魔物は十レベル以下の大したことのない雑魚。
いくらなんでも、ゴブリンやスライムに遅れをとることはない。
また、ダンジョンの構造もわりとシンプルなもので、さほど迷うことはない。
下層になると、どんどん複雑になるらしいけど……
まだまだ問題ない範囲だ。
トラップは厄介だけど、さきほどの地雷原はかなり特殊なものだったらしい。
あれ以降、えげつないトラップと遭遇することはない。
せいぜい毒の沼とか転んでしまう石とか、その程度。
苦戦したのは最初の地雷原だけで……
サクサクと攻略することができて、俺達は四層にたどり着いた。
「あれ? なんか雰囲気が変わったっすね」
階段を降りると、すぐに異変に気づいた。
サナの言う通り、ダンジョンの床や壁の色が変わっている。
「師匠、これはなんすか?」
「え? 俺に聞かれても困るんだけど」
「師匠なら、なんでも知っていると思ったっす」
その謎の信頼感は、いったいどこから生まれているのだろう?
「基本的に、ダンジョンは上層、中層、下層の三つに分かれていて、それぞれ独自の構造を持つと言われています」
サナの疑問に答えるように、ナインがそう説明してくれた。
ただ、説明している本人が納得していないらしく、どことなく訝しげな表情をしている。
「ということは、私達は中層にたどり着いた、ということですか?」
「いいえ、お嬢さま。アズライールのダンジョンは時間によって構造が変化しますが、上層や中層の位置まで変わるなどということは、聞いたことがありません。中層は十層から。そう決まっているはずなのですが……」
「ということは、ここはまだ上層なのね。それなのに構造が変化するなんて、どういうことかしら?」
みんなで首を傾げるものの、答えが見つからない。
俺はあまりものを知らないから……
博識そうなアリスやナインでも知らないことは、俺もわからない。
「ちょっとまずいかも」
そんな中、シルファが口を開く。
まずいと言いながらも淡々とした口調で、顔は相変わらずの無表情だ。
「なにか心当たりが?」
「ここ、魔物ハウスかも」
「魔物ハウス?」
「名前の通り、その層全体が魔物の家になっていて、たくさんの魔物がいるの。トラップも満載。その分、財宝もあるんだけど、リスクの方が高い危険なところかな?」
その層自体が、一つの巨大なトラップになっている、という感じかな?
だとしたら大変だ。
上層の大したことない魔物だとしても、数が揃うとバカにならない。
まとまった数で突撃されてしまうと、津波に飲み込まれてしまうように、大打撃を受けてしまうかも。
「みんな、急いで五層に向かう階段を探そう」
「あー……ちょっと遅かったかも」
アリスが顔をひきつらせる。
その視線を追うと……
「「「グルァアアアッ!!」」」
ゴブリン、スライム、ウルフ、スケルトン、ゾンビ……大量の魔物が。
どこにそんな数が隠れていたのかと疑問に思うほどの数で、通路を隙間もないくらいに埋め尽くしている。
これは、本気でまずいかもしれない。
あんなものと激突したら、レベル差なんて関係ない。
物量で押しつぶされてしまう。
「アリス!」
「あーもうっ、いいわよ! やっちゃって!」
この局面を乗り切るには、遠隔攻撃でまとめて薙ぎ払うしかない。
ダンジョンの内部なので、さっきみたいにこちらも被害を受けるかもしれないけど、それはもう仕方ない。
アリスの許可も得たことだし、遠慮なくやる。
「ファイアっ!」
ダンジョンの内部を紅蓮の炎が走る。
生き物のようにうねり、魔物の群れに食らいついて、その体を炭に変えていく。
ブワッ、と反動で熱波が押し寄せてくるものの、こちらの被害はそれだけ。
対する魔物の群れは、そのほとんどが炭に変わっていた。
それを見たサナが、笑顔でガッツポーズをとる。
「やったっす! さすが師匠、見事な一撃っす!」
「いや……これは、本格的にまずいかも」
魔物の第一波は退けることができた。
しかし、第二波がすぐに到来。
それだけじゃない。
第二波の後ろに第三、第四、第五……数え切れないほどの魔物が待機しているのが見えた。
それらが一気に押し寄せてきて……
「みんなっ、逃げよう!」
「「「異議なしっ!」」」
「逃げようね」
「うっす」
みんな、一斉に反転して駆け出した。
後ろから、ドドドッ、と津波のような音が迫る。
振り返るのが怖いし、いちいち確認しても仕方ないので、ひたすらに心を無にして気にしないことにした。
幸いというべきか、上層の魔物なので、それほど速いヤツはいない。
うまくいけば、追いつかれることなく五層にたどり着くことができるかもしれない。
階を移動すれば、それ以上、魔物が追ってくることはないはず。
「ハルっ、前からも魔物が!」
通路の先……俺達を待ち構えていたかのように、大量の魔物が見えた。
後ろから追いかけてくる群れに比べると数は少ないけれど、でも、楽観できるものじゃない。
挟み撃ちになんてされたら、確実に追いつかれてしまう。
それを避けるために……
「次の角を右に!」
手前に十字路が見えた。
速度を落とさずに走り抜けて、体を傾けるようにしつつ、強引に右に曲がる。
こちらの通路にも魔物が待ち受けていたら、そこで終わりなのだけど……
幸い、そんなことはなかった。
俺達以外の誰も見当たらない。
しかし、この時、俺はとあることを忘れていた。
魔物ハウスは、トラップも多い……ということを。
「ふっふっふ、このまま逃げ切るっすよ! 自分に追いつけるものなんて、誰もいないっす」
「そういうフラグめいたことを言うと、ロクでもないことに……」
「あははー、師匠、考えすぎっすよ。そんな非論理的なことが起きるわけ……あっ」
カチリ、とサナがなにかスイッチのようなものを踏み抜いた。
パカッと床が大きく開いて、次いで、体が浮遊感に包まれる。
つまり……落とし穴だ。
「これ、自分のせいっすかぁあああああー!?」
サナの悲鳴に包まれるようにしつつ、俺達は落とし穴に吸い込まれていくのだった。
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