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62話 命を食らう

 シニアス・ザムズーンは、広く、豪華な調度品が並べられた部屋で、一人酒を飲んでいた。

 ゆっくりとしたペースで、静かに過ごしている。


 飲んでいるのは極上の酒だ。

 一本で一般的な家庭の収入一ヶ月分に相当する。


 そんな酒を飲んでいるシニアスではあるが、気分よく酔っている様子はない。

 むしろ、どこか退屈そうにしていて、酒を飲む作業も淡々としたものだ。


「つまらんな」


 グラスに残った酒を一気に飲み干して、一言、そうつぶやいた。


 治安維持部隊の隊長になってから、複数の貴族から様々な品が届くようになった。

 酒や葉巻などの嗜好品。

 絵画や彫刻などの美術品。

 単純に、金を送られることもある。

 自分と仲良くしてほしい、そして、領主によろしく伝えてほしい……というメッセージなのだろう。


 シニアスは、そんな賄賂をくだらないと思うが、しかし、突き返すことはしない。

 素直に受け取り、このように自分で楽しんだり、あるいは部下に配るなどしている。

 そのようにしろ、と上から命令されているためだ。


 街の秩序を維持するのではなくて、逆に崩壊させるような真似を推奨する。

 いったい、領主はなにを考えているのか?

 たまに、シニアスは不思議に思うが……しかし、深く考えることはしない。


 領主の言うことに従えば、彼の目的が達成される。

 愉悦を得ることができる。

 ならば、どんなに無意味で無価値な命であろうと、従うのみだ。


 そんなシニアスが一番の楽しみとしているものは……


「もっと強いヤツはいないのか?」


 昼、冒険者ギルドを訪ねた時のことを思い返す。

 誰も彼もシニアスの肩書を恐れ、逆らう者はいない。

 稀にいたとしても、すぐに勝負がついてしまうような雑魚だ。


 それではつまらない。

 シニアスは戦いがしたいのだ。

 命を賭けた殺し合いがしたいのだ。


 そう……彼は戦闘狂だった。


 戦いの中でこそ一番輝く。

 命のやり取りをする時こそが生を実感できる。


 故に、戦いを求める。

 強者を渇望する。

 弱者をいたぶることは、それはそれで楽しいが、魂が真に満たされることはない。

 求めるは、命を賭けたギリギリの戦いを繰り広げることができる、類まれなる強者だ。


「……あの男、もう一度会えないだろうか?」


 シニアスはハルのことを思い返していた。


 ほぼほぼ必殺となる自分の剣を避けた。

 それだけではない。

 対峙した時、腹を空かせた猛禽類と相対したのではないかと、一瞬ではあるが、そう錯覚した。


「もしかしたら、あの男なら俺の飢えを満たしてくれるかもしれない」


 今まで、心から満足する戦いをできたことがない。


 色々な相手と激闘を繰り広げてきた。

 剣を握り続けて数十年という達人と戦ったことがある。

 武器を使うことのない魔法使いと戦ったことがある。


 時に重傷を負い、僅差で勝利を収めた。

 しかし、心は満たされていない。

 ギリギリの命のやり取りをしても、満足することができない。


 なぜなのか?


 その理由はわからないが……

 シニアスは、今更、生き方を変えるつもりはない。

 変えられるとも思っていない。


 故に、戦い続けるだけだ。


 そして、ハルならば満足させてくれるかもしれない。

 人生で最高の戦いを経験できるかもしれない。

 そんな予感を覚えていた。


「ははっ……楽しみになってきたじゃないか」


 シニアスはひどく歪んだ顔で、笑い声を部屋に響かせるのだった。




――――――――――




 翌日。

 宿を後にした俺達は、さっそくダンジョンへ向かう。


 ダンジョンは街の中心にあるらしい。

 出入り口は冒険者ギルドが管理していて、一般人の立ち入りは許されていない。

 逆に、冒険者なら出入りは自由だ。


 たくさんの冒険者を呼び込み、活動を促して、街の発展に繋げたい。

 そんな思惑があるため、ダンジョンに入るための許可なんてものは、特に必要ないらしい。

 ただ、一般人が間違って入り込んだりしたら危険なので、ギルドが管理しているという。


「ここか」


 十分ほど歩いたところで、ダンジョンの入り口に到着した。

 一見すると、冒険者ギルドと同じく、なにかしらの施設に見える。


 警備兵が二人、常駐しているみたいだ。

 その他、兵士達が泊まるための施設らしきものが見える。


 厳重に管理をしているため、そんなことはないらしいが……

 万が一、ダンジョン内の魔物が溢れ出してきた場合は、ここが最前線であり絶対防衛ラインとなる。

 そのため、常に複数の兵士を滞在させているとか、そんな説明をギルドで聞いた。


「おや?」


 警備兵の一人がこちらに気がついた。

 ただ、身なりから冒険者だと判断したらしく、柔らかい顔で話しかけてくる。


「よう。見ない顔だけど、冒険者で合っているよな?」

「ああ、問題ないよ」

「兄ちゃんは魔法使いか? それと剣士と神官と……メイド? それに……コスプレ?」


 サナはコスプレと判断されたらしい。

 まあ……ドラゴンが人間に変身しています、なんてこと普通は考えないからな。

 しかも、俺に弟子入りしたいとか、欠片も思い浮かばないだろう。


「ダンジョンに挑みたいんだけど、平気?」

「ああ、問題ないぜ。ただ、リーダーの名前と、滞在予定時間を書いてくれないか?」

「なんでそんなことを?」

「ダンジョンで遭難するヤツも多くてな。予定の時間で戻ってこない場合、救助隊が編成されるんだよ」

「なるほど。でも、ダンジョンに挑むの初めてだから、どれくらいの時間なのかわからないんだよね……」

「そういうことなら、こいつをサービスしてやるよ」


 警備兵から鈴をもらう。

 とっておきと言うからには、ただの鈴じゃないんだろうけど……なんだろう?」


「こいつは、一瞬でダンジョンから脱出できる、優れた魔道具だ。もしもの時は、こいつを使うといい」

「そんなものを……え、いいの?」

「気にしなくていいぜ。最初に訪れる冒険者には、みんな、コイツをプレゼントしてるのさ。少しでも事故を減らすための、ギルドの対策ってわけだな」


 ダンジョンは冒険者を呼び寄せる場所になるのだけど……

 事故や死亡件数などが多いと、危険というイメージがついてしまい、誰も挑まなくなってしまう。

 そのために、色々な対策が施されている。

 そんな説明をされた。


「それじゃあ、遠慮なく」

「じゃあ、これで手続きは終了だ。いいダンジョンライフを!」


 どんな台詞なんだろう……?

 苦笑しつつも、俺達はダンジョンに挑むべく、建物の中へ移動した。


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◆◇◆ お知らせ ◆◇◆
再び新作を書いてみました。
【氷の妖精と呼ばれて恐れられている女騎士が、俺にだけタメ口を使う件について】
こちらも読んでもらえたら嬉しいです。
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