6話 初めての怒り
大抵の街は、魔物の侵入を防ぐために高い壁が設置されている。
門を抜けると、小さな広場が。
時折、検問などが敷かれるため、人の待機場として作られたものだ。
その広場にレティシアの姿があった。
「遅いっ!」
こちらの姿を認めると、肩を怒らせつつ、カツカツと足音を立てて近づいてくる。
「遅い遅い遅いっ、遅いわよ! ハルのくせに私を待たせるなんて、いい度胸してるじゃない! グズな下僕はご主人さまを待たせたらいけないって、教わらなかったの?」
「……俺は、レティシアの下僕なんかじゃない」
「はぁ!? 昼も言ってたけど、あんた、この私によくそんな口が聞けるものね。この私を誰だと思っているの? 世界で7人しかいない、勇者の称号を与えられた、選ばれし者なのよ! 本来なら、ハルのような雑魚が話をするどころか、顔を合わせることすらできないんだから! そこんところ、理解してる?」
周囲に人がいないせいか、レティシアの口撃は絶好調だ。
俺がパーティーにいた頃よりも激しい。
以前なら、この暴言の嵐に怯んでしまい、なにもできなかったのだけど……
今は違う。
俺もう、レティシアと決別したんだ。
そのことを言葉だけではなくて、態度でもハッキリと示さないといけない。
「レティシア」
「な、なによ……?」
暴言に一切反応することなく、彼女の名前を呼ぶ。
今までの俺にない反応に、レティシアは戸惑いを覚えているらしく、わずかにたじろいだ。
「もう俺に構わないでくれ」
「……は?」
レティシアが、何事かと目を丸くする。
構うことなく、俺は言葉を続ける。
「俺はもう、レティシアとパーティーを組むことはできない」
「なんで、そうなるわけ? 意味わからないんだけど」
「わからない、か……」
パーティーを抜けるという大きなリアクションをしたというのに、肝心のレティシアは、こちらの意図はまったく理解していないらしい。
なんで、こんな人になってしまったのか?
昔は誰よりも優しくて、聡明で……
とてもまっすぐだったのに。
そのことを悲しく思いつつ……
しかし、もう過ぎ去ったこととして、思い出を心の奥底にしまいこむ。
都合よく思い出を消すことはできないが……
振り返ることは、もうやめよう。
今日、終わりにしよう。
「俺はもう、レティシアと一緒に旅をするつもりはない。だから、パーティーを抜けたんだ。もう他人……これ以上、関わらないでくれないか?」
「……へぇ」
レティシアの目が細くなる。
ハッキリとした怒りをその瞳に蓄えていて……
今にも噛みついてきそうな雰囲気だ。
「この私が、ハルみたいなグズを慈悲深い心でパーティーに加えてやったっていうのに、その恩を仇で返すわけ? ハルごとき雑魚が、私に逆らうわけ?」
「……そういうことになるな。もう、レティシアの言うことは聞けない」
「ふざけるんじゃないわよっ!!!」
突然、レティシアがキレた。
街にまで響きそうな大声を放ち、こちらの胸元を掴んできた。
「ぐっ……!?」
「いい? ハルってば、なんか勘違いしてるみたいだから、きちんと教えてあげる。パーティーを抜けるとか関わらないでくれとか、そんなこと、ハルが決められることじゃないの。全部、私が決めることなのよ!」
「そんなこと、レティシアに決められる筋合いは……」
「あるの!」
俺の反論を遮り、そうすることが正しいというかのように、キッパリと言う。
「ハルは、私の言うとおりにしないといけないの! そうすることが、この世の真理なのよ! そうでないと、ハルは……」
「レティシア……?」
レティシアの顔が悲しそうに歪む。
でも、なにかの見間違いだったのか、それはほんの一瞬だけ。
すぐに怒りの形相に戻り、俺を睨みつけてくる。
「まだわからないようなら、ハッキリと言ってあげる。ハルは、私の所有物なのよっ!!!」
「っ……!!!」
俺はレティシアの所有物?
それは……違う。
だって、アリスが言ってくれたじゃないか。
俺は俺……って。
他の誰のものでもない……って。
レティシアを信じるか。
アリスを信じるか。
俺の答えは……
「……ふざけるな」
「えっ?」
「ふざけるなよっ!」
レティシアの手を振り払い、その肩を突き飛ばす。
大して力は入れていないのだけど……
思わぬ反応がショックだったらしく、レティシアはそのまま尻もちをついてしまう。
そんなレティシアに、俺は心の叫びをぶつける。
5年以上、積み重なってきた鬱憤を、全てぶちまける。
「俺はレティシアの言うとおりにしないといけない? 俺に関する決定権は、全てレティシアにある? 俺はレティシアのもの? そんなこと全部、レティシアが勝手に言っているだけだろう!!!」
「あっ……は、ハル……?」
「あのさ……レティシア、お前は何様のつもりなんだ? なんで、俺の全部をレティシアが管理できると思っているんだ? おかしいだろ。俺には、俺の意思があるんだ。お前のおもちゃなんかじゃないんだよっ!!!」
「それはっ……ち、ちが……」
「違わないだろう!? 口を開けば雑魚だの役立たずだの、そんなことを毎日毎日毎日、ずっと言い続けてくれたよな? 俺が傷ついていないと思ったか? なにも感じていないと思ったか? そんなわけないだろっ、俺だって傷つくんだよ!!! 大事な幼馴染にそんなことを言われて、気にしないわけないだろっ!!!」
「わ、私は……ハルのために……」
「本当に俺のことを思うなら、もう放っておいてくれよ! 関わらないでくれよ! 俺は……俺は……」
心のどこかで、言い過ぎだという警告が発せられていた。
しかし、一度ヒートアップした思いは、簡単に消すことはできない。
初めて、レティシアに反抗したのだ。
ブレーキをかけるタイミングがまったくわからなくて……
最後まで突っ走ってしまう。
「レティシアが大嫌いなんだよっ!!!」
「っ……!?」
言った。
言ってしまった。
これで、完全に俺とレティシアの縁は切れた。
もう他人だ。
「そういうわけだから、もう俺に関わらないでくれ」
「……」
「今日から、俺とレティシアは他人。間違っても、声をかけないでくれよ」
「……」
「じゃあな。それと……」
最後の言葉を口にするか、迷うが……
「……一応、言っておく。今までありがとう」
そんな感謝の言葉を口にした。
レティシアにされたことは簡単に忘れられるものじゃないし、許せるものではない。
大嫌いという言葉にウソはない。
しかし、それでも、彼女は幼馴染なのだ。
子供時代を一緒に過ごして、それから、共に冒険者になって……
同じ道を歩いてきた。
どれだけひどい扱いを受けていたとしても、思い出は変わらない。
最悪な思い出ではあるが……
おかげで、いつの間にかレベル82になっているなど、力などを得ることができた。
レティシアの無茶振りがあったからだろう。
その点だけは感謝をして……
一緒に旅をした仲間として、最後の言葉を送る。
これで終わり。
俺は俺の道を。
レティシアはレティシアの道を。
それぞれに歩いて行こう。
……そう思っていたのだけど。
「……待ちなさいよっ!」
レティシアが立ち上がる。
顔は青くて白い。
眉がつり上がっていて、目は血走っていた。
まるで亡者のようだ。
「ハルが私から離れるなんて……そんなこと、許さないんだからっ! 絶対に……絶対に絶対に絶対に認めないんだからっ!!!」
「俺の話、聞いていなかったのか? それは、レティシアが決めることじゃない。誰と一緒にいるかは、俺が決めることだ」
「それでもっ!!!」
レティシアは血を吐くように叫びながら、腰の剣を抜いた。
「ハルは、私のものよ……!」
「おいおい……本気か?」
「二度とふざけたことを言えないように、その手足を切り落として、私の手元に置いてあげる……そうよ、そうすることが一番なのよ」
「本気……みたいだな」
レティシアからあふれる殺気は本物だ。
それならばと、俺は杖を構えた。
こういう展開もあるのではないかと、念の為に持ってきていたのだけど……
まさか、本当にこんなことになるなんてな。
「叩き潰すっ!!!」
「やれるもんならやってみろ」
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