59話 二人の時間
「えっと……待ち合わせ場所、ここだよな?」
「そうね。でも……」
ほどなくして待ち合わせ場所に到着。
しかし、アンジュ達の姿は見当たらない。
俺達は、トラブルに巻き込まれたものの、わりとスムーズに話を聞くことができた。
だから、時間が余ってしまったのかもしれない。
「入れ違いになるのもイヤだから、ここで待っておこうか」
「そうしましょうか」
アリスと並んでベンチに座る。
「そういえば」
「どうかした?」
「アリスと二人きりになるのって、ずいぶん久しぶりなような気がする」
アーランドに入る前にアンジュとナインと知り合い、その後は、いつも一緒に行動して。
それから、サナが押しかけ弟子になって……
さらに、シルファと知り合う。
自分でも驚くくらいの忙しい日々を過ごしていて……
ぜんぜんアリスとのんびりしていない。
だから、こういう時間は貴重だった。
今更ながら、そんなことに気づく。
「そうだ、ちょっとまってて」
「ハル?」
広場にある屋台へ。
二人分のドリンクを購入して、一つをアリスに渡す。
「ありがと。ふふっ、サービスいいのね」
「いつもお世話になっているから。まあ、これくらいでその恩を返せるなんて思わないけど、とりあえずは気持ちっていうことで」
「別に、恩を返すと返さないとか、そういうことは気にしないんだけど……うん、もらっておくわ」
一緒にドリンクを飲む。
新鮮な果汁を絞り、砂糖などで味を整えて、魔法で冷やしたものだ。
一気に飲むと頭がキーンとなるくらいに冷えているんだけど、それがまたおいしい。
「んー、おいしい。けっこう濃い目なのに、でもスッキリとしてて、不思議な味ね」
「アーランドにはなかったから、アズライールの特産なのかも?」
「原料、なにかしら? 気になる……」
「聞いてみる?」
「さすがに教えてくれないわよ。商売の秘密なんだから、ホイホイ教えていたら、店が潰れちゃうわ」
「それもそうか」
「あっ……ハル、じっとしてて」
不意に、アリスがこちらの顔を覗き込んできた。
えっと、距離が近いんだけど……?
ドギマギしつつ、それを表情に出さないようにする。
なんとなく、本心を知られることは恥ずかしい。
そんな俺のことを気にすることはなくて、アリスはポケットからハンカチを取り出した。
それで、そっと俺の頬を拭う。
「頬についていたわよ」
「あ、ありがとう」
「ふふっ、ハルってば、子供みたいなんだから。あまり、あたしの手を焼かせないでよ? でもまあ……ハルのお世話なら、いくらでも引き受けるけどね」
「いくらでも?」
「そう。いくらでも甘やかしてあげる」
そんなことを笑顔で、冗談っぽく言う。
そんなアリスに、さらにドキドキしてしまう。
なんていうか……
女の子に言っていい台詞かわからないけど、今のアリスは頼もしく見える。
優しく強いお姉さん、という感じだ。
「なんか……アリスって、お姉さんみたいだ」
ついつい、思っていたことをそのまま口にしてしまう。
「あたしがお姉さん? ハルの?」
「なんとなくそう思っただけなんだけどね」
「……それって、頼りにされている、っていうこと?」
「もちろん」
男として、それはどうなのかと思わなくもないが……
アリスに頼り切りなのは事実なので、素直に頷いておいた。
「そっか……あたし、ハルの力になれているんだ」
「アリス?」
「ううん、なんでもない。思っていなかったことを言われて、ちょっと驚いただけ」
驚いているというよりはうれしそうだ。
隠しきれない笑顔が見えて、とても機嫌がよさそう。
俺、そんなに大したことは言っていないよな?
「それにしても」
ふと思い、空を見上げながら、話を別の方向に持っていく。
「こうして二人でのんびりしていると、あんな感じにならない?」
「あんな感じ?」
「夫婦みたいな感じ」
「ごふっ!?」
アリスが咳き込んだ。
「だ、大丈夫か?」
「な、なんとか……恋人を通り越して、いきなり夫婦とか……ハルは、とんでもないことを言うわね」
「えっと……特に深い意味はないんだ。ただ、そんな感じだなあ、って思っただけだから」
「そういうこと、誰彼構わず言わない方がいいわよ? ハルってば、けっこうかっこいいんだから。女の子を勘違いさせちゃうわ」
「アリスになら勘違いされてもいいけど」
「ごふっ!?」
再びアリスが咳き込んだ。
今度は先程以上にむせていて、涙目にすらなっていた。
「なっ、ななな……なにを!?」
「え? なにが?」
「だって、今、あたしならって……そ、そんなことを言うってことは、つまり……」
「アリスはお姉さんみたいだからね。変に勘違いすることもないだろう?」
「……あ、そういう」
なぜか、アリスが死んだ魚のような目に。
それから、ふと疑問顔になり、ぶつぶつと小さな声でつぶやく。
「……あれ? あたし、なんでがっかりしているのかしら? むしろ、ここはびっくりしたーとか言って安心する場面なのに?」
「アリス?」
「え? あー……ううん、なんでもないわ。気にしないで」
と言われても、気になるんだけど……
「ホントになんでもない?」
「それは……もちろん。ハルが気にすることじゃないから」
「そっか。それならいいけど、なにかあったら遠慮なく言ってほしい。いつもアリスには助けられているから、たまにはその恩を返さないと」
「ドリンクをおごってくれたから、それでいいわよ」
「そういうわけにはいかないさ。俺もアリスを助けたいから。なにか困ったことがあれば、全力でアリスのことを助けるよ。なにがあったとしても、力になることを約束するよ」
アリスがふいっと顔を横に。
「……ハルってば、そういうことをサラリと言えちゃう辺り、ホント、危ないわよね……危険」
「えっ、危険と言われても……」
「今度、時間がある時に、しっかりとハルの意識を正した方がいいわね。まったく……鈍感だけじゃなくて、無自覚ジゴロなんて……手に負えないわ」
よくわからないけど、ひどいことを言われているような気がした。
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