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58話 噂

「殺し屋……?」


 ついついシルファの方を見てしまう。

 こちらの会話が聞こえていないのか、それとも興味がないのか、彼女は特に表情を変えることなくぼーっとしていた。


「自分の邪魔になる者は、容赦なく殺しているという噂だ」

「でも、噂なんだろう?」

「そりゃ、証拠はないんだが……」

「ただ、不自然なところがあるんですよ」


 受付嬢が説明を引き継ぐ。


「先代の領主様は、持病を持っていなかったはずなのに、突然の急死。先代の後継者と言われていた方も、事故に遭い死亡。その他の方も……そして、最後に今の領主様、ミリエラ様が指名されたんです」

「あまりにも都合がいいから、殺し屋が他の候補者を殺した……って?」

「はい。ただの偶然で片付けていいことではないと思ってはいるんですが……しかし、証拠は出てきませんでした。深く捜査すれば、あるいは……ただ、今は領主様の権限で押さえつけられていて、さらに紅の牙の問題もあるため、そんなことはできないんですけどね」

「ちなみに、個人的な意見でいいんだけど、領主はどれくらい怪しいと思っているの?」

「……口外しないでくださいよ?」

「もちろん」

「私は、ほぼほぼ黒だと思っています。状況証拠が揃いすぎていますし、その後の領主様の対応を見ていても、おかしいとしか思えませんから」

「なるほど」


 領主が限りなく怪しいという情報は、とても貴重なものだ。

 紅の牙とやらに目をつけられたことは痛いけど……

 でも、情報収集に来た甲斐はあったと思う。


「ところで、あなた達は……?」

「えっと……旅の冒険者なんだ。ちょっとした用事でこの街にやってきたんだけど……」

「悪いことは言いません。すぐに街を出た方がいいですよ」

「そうだ、兄ちゃん達が死体となって発見されるなんて、そんな話は聞きたくねえな」


 心配してくれることはうれしいんだけど、でも、ここで引き下がるわけにはいかない。

 レティシアが変わったことに、領主は関係しているのか?

 そのことを突き止めないといけないし……


 あと、迷宮都市がこんな状態になっているからといって、すぐに逃げるのはいかがなものか。

 いや、残ったからといってなにができるかわからないんだけどね。

 でも、なにかしらやれることはあると思う。


 誰かに言われたからといって、なにもしないで……

 それで後悔するなんてことは、もうしたくない。

 自分にできることを、いつでもどんな時でも全力で。


「とりあえず、他所で待たせている仲間と相談するよ。心配してくれてありがとう」


 適当に話をごまかして、俺達は冒険者ギルドを後にした。


「今の話だけど……」


 外に出たところで、アリスが口を開く。


「ハルは正しいと思った?」

「それは、どういう?」

「一方からしか話を聞いていないでしょ? もしかしたら、受付嬢や冒険者達がウソを吐いている可能性もある。あるいは、一方的な思い込みかもしれない」

「そう言われると……」


 どうだろう?

 真に迫った感じはしていたから、ウソではないと思う。

 でも、思い込みだとしたら、それを見抜くことは難しい。

 なにしろ、相手はウソを吐いていると自覚していないのだから。


「ごめんね、混乱させるつもりはないんだけど、もしかしたらそういうこともある、って気にとめておいてほしいの。考えすぎ、って思われるかもしれないけど……あたし、そういう風に注意するのが自分の役目みたいに思ってるところがあるから」

「そういうことを言ってもらえるのは助かるよ。厄介事に巻き込まれたことは間違いなさそうだから、注意するに越したことはないと思うから」

「ありがと。そう言ってもらえると、うれしいかな」


 どこか安心したような感じで、アリスが小さく笑う。

 余計なことを言ったのではないか? と気にしているのかもしれない。


 でも、そんなことはない。

 今言った通り、色々な可能性が見えるということは、とても良いことだ。

 狭い視野を持つよりは、広い視野を持つ方が、色々なことを考えられるから。


「俺は、アリスのことを頼りにしているから」

「……ハル……」

「だから、変なことは気しないで、どんどん言ってくれるとうれしいかな。なんていうか……俺、妙なところで常識がないみたいだから」

「「それは確かに」」

「シルファまで!?」


 隣をのんびりと歩いていたシルファが急に会話に参加してきて、ついつい驚いてしまう。


 というか、今のはひどくないだろうか?

 俺の常識がないと、シルファにまで思われていたなんて……

 ちょっとショックだ。


「あっ」


 ふと、なにか思い出した様子でシルファが足を止めた。


「どうかした?」

「ちょっと用事を思い出した。出かけてくるね」

「え? 用事って……」

「後で合流するよ。またね」


 こちらの言葉を待つことなく、シルファは軽く手を振ると、そのまま駆けてしまう。

 小さいからか、すぐにその背中は人混みに紛れて見えなくなってしまった。


「どうしたんだろう……?」


 後で合流すると言っていたけど、場所はわかるのだろうか?

 ……シルファなら、何食わぬ顔で合流しそうな気がした。


「追いかける?」

「追いつくのは難しそうだから、ひとまずみんなのところに戻ろうか。もしも合流できなかったら、その時は……その時で考えよう」

「賢者とは思えない発言ね」

「賢者だからといって、頭が良いわけじゃないから」

「でも、アーランドで見せた推理は、とてもすごかったわ。また、ああいう場面を期待してもいいのかしら?」

「どうだろう? 意識的にやったことじゃないから、なんとも言えないかも」


 ぶっちゃけてしまうと、アレは単なる勘だ。

 なにかがおかしいと思い、突き詰めて考えて、あんな結果になった。

 最初のきっかけに根拠はない。


「ハルはがんばっているし、あたしもがんばらないとなあ」

「アリスは十分がんばっていると思うけど?」

「まだまだよ。戦いでは一人前以下だし、推理もうまくいかないし。ふう……ハルの力になろうと思っているのに、でも、力になることができないし……あー……凹む」


 なにか思うところがあるらしく、アリスの元気はない。

 でも、そんなことはないよな。


「俺の力になろう、っていうのは、十分に達成できていると思うけど」

「ありがと。ハルは優しいね」

「いやいや、慰めとかじゃなくて、本気で。だってアリスがいなかったら、俺、どうなっていたことか……野垂れ死んでいるんじゃないかって、そう思っているよ」


 レティシアと別れて、一人になって……

 でも、俺は世間知らずで、大したことはできなくて……


 そんな時に、アリスと出会った。

 彼女が俺のことを導いてくれた。


「あっ……そういえば、ちゃんとお礼を言っていなかったかも」

「え?」

「アリス、ありがとう。あの時、俺と出会ってくれて……俺の話を聞いてくれて。そして、一緒にいてくれて、ありがとう。すごく感謝しているよ」

「……」


 アリスがぽかんとなり……

 次いで、ふいっと顔を横に向けてしまう。


「アリス?」

「……今、こっち見たらダメ」

「え、なんで? 俺、まずいこと言った?」

「その逆で、うれしすぎることを言うから……ダメ。今のあたし、たぶん、すごく顔がにやけているから……だから、こっちを見たらダメ」

「……そう言われると、見たくなってくるなあ」

「ちょっ、ホントにダメだからね!? って、こっちに来ないの! こらっ、ハル!?」

「あははっ」


 周囲の人は、なにをやっているんだろう? という不思議そうな視線を送ってくるのだけど、そんなことは関係ない。

 今、こうしてアリスと過ごす時間が、たまらなく楽しくて幸せだと感じた。

『よかった』『続きが気になる』と思っていただけたら、

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◆◇◆ お知らせ ◆◇◆
再び新作を書いてみました。
【氷の妖精と呼ばれて恐れられている女騎士が、俺にだけタメ口を使う件について】
こちらも読んでもらえたら嬉しいです。
― 新着の感想 ―
[良い点] 感謝は忘れずに~ [気になる点] ヌコ・・・いやシルファはいずこへ? [一言] 犯人は領主?
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