56話 迷宮都市
「……どうしよう?」
三十分後。
交代の時間となり、ハルは野営用のテントに戻った。
シルファ一人に。
地面に座り、膝を抱えるようにしながら、ぼーっと焚き火を眺めている。
「ハルを殺さないといけないんだけど……」
ぽつりと、シルファはつぶやく。
「……なんか、イヤだな」
ハルを殺す時のことを考えると、胸がザワザワした。
さきほどハルと話をしていた時とは真逆の感覚で、ひどくイヤなものだ。
どうしてこんな気持ちになるのだろう?
どうしてザワザワするのだろう?
「うー……シルファ、なんかおかしいよ」
原因がわからず、シルファはうめき声をこぼすのだった。
――――――――――
迷宮都市を目指す馬車の旅は順調に進んでいた。
途中、何度か魔物に遭遇したものの、体を動かしたいというサナによって蹴散らされることに。
その他、予想外のトラブルに見舞われることもない。
ただ……
「じーっ」
あの夜以来、シルファがちょくちょくこちらを見るようになっていた。
なにか言いたいことがあるのかと聞けば、特にないと言う。
俺、なにかしたかな?
尋ねてみても、やはりなにもないと言う。
そんなシルファの態度が気になるものの、他に問題はゼロ。
そうして……
宿場街を出て二十日ほど。
俺達は迷宮都市アズライールに到着した。
「へぇ……ここが迷宮都市か」
馬車から降りた後、ひとまず街中を適当に歩いてみる。
大きな街だ。
アーランドよりも広く、色々な建物があるように見えた。
ただ、なんていうか……
「ちょっと微妙な雰囲気ね」
アリスが俺の言いたいことを代弁してくれた。
「確かに。私が領主の娘だからといって贔屓するわけじゃないんですけど、アーランドの人々は笑顔がありました。しかし……」
「この街の人々は、どこか表情に影がありますね」
街で暮らしている人や、あるいは、武器を身に着けた冒険者。
色々な人が見えるけど、皆、一様に元気がない。
「なんで元気がないんだろう……? 迷宮都市って、そういう側面があったり?」
「ううん、そんなことはないわ。冒険者が活動しやすいところで、いつも活気にあふれている、って聞いていたわ。こんな風に、街で暮らす人の元気がなくなるなんてこと、聞いたことないわ」
アリスの話によると……
迷宮都市アズライールは、街の中にダンジョンがあるという変わった街だ。
ダンジョンは、時間経過と共に内部構造が変化する。
それ故に、生きたダンジョンとも言われていた。
構造が変化すると、新しく魔物が生まれる。
ただ魔物だけじゃなくて、金銀財宝も生まれる。
そのため、多くの冒険者が迷宮都市を訪れて、一攫千金を狙っているという。
ダンジョンが全部で何層あるのか、それは不明。
今までの記録では、23層が最高記録らしい。
なぜ、そんなダンジョンが存在するのか?
多くの学者が研究を重ねているが、未だに解明されていない。
わかっていることは、迷宮都市とダンジョンは共存関係にあるということだ。
「みんな暗い顔をしているっていうことは、なにかあったのかしら?」
「心当たりがあるとすれば……領主ですね」
「ミリエラ・ユルスクール……か」
最近になって、迷宮都市の領主に就任して……
そして、ジンの背後にいたとされる人物だ。
「まずは、街の状況を調べてみようか。それと並行して、領主のことも調べておきたいな」
「なら、手分けした方がよさそうね。二手に分かれましょう。あたしはハルと一緒に行動するわ」
「私はお嬢さまのお側に」
「なら、サナさんも一緒に行きましょう?」
「えー、自分、師匠と一緒いいっす」
「……私と一緒に来れば、おいしい食べ物を買ってあげますよ?」
「行くっす!」
ものすごく現金な子だった。
サナは、本当にドラゴンなのだろうか……?
一緒に過ごせば過ごすほど、その点を疑問に思ってしまう。
「じゃあ、俺とアリス。アンジュとナインとサナのグループで。それと……」
ずっと成り行きを見ていたシルファの方に視線をやる。
「シルファは、これからどうするんだ?」
「んー……どうしよう?」
「仕事のためにここに来たんじゃないのか?」
「そうなんだけどね。ちょっと、色々とあって……うーん。もう少し、ハル達と一緒にいてもいいかな?」
「うん、それは構わないけど……」
みんなを見ると、問題ないと言うように頷いた。
「なら、もう少しよろしくね。情報収集、シルファも手伝うよ」
「そっか、ありがと。なら、人数バランスを考えて、シルファは俺とアリスと一緒に行こう」
「うん、了解」
振り分けが決まったところで、早速、行動に移る。
アンジュのグループと反対方向へ向かい、冒険者ギルドを探す。
情報収集といえば、まずはギルドだろう。
「えっと、ギルドは……」
「ハル、あそこ」
アリスが指差す先に、冒険者ギルドの看板が見えた。
剣と翼が交差するという、独自の看板だ。
「おっ、あったあった。すぐに見つけられるなんて、運がいいな」
「まあ、あたしの日頃の行いがいいから」
「そうだね」
「……ちょっと、ツッコミ入れてくれないと恥ずかしいじゃない。あたし、いつも自信たっぷりの変な女の子みたいじゃない」
「えっと……ご、ごめん?」
今の、俺が悪いのだろうか……?
なんとなく理不尽なものを感じつつも、ギルドへ向かう。
そのまま中へ入ろうとしたところで、
「ぐあっ!?」
悲鳴と共に扉を突き破り、中から人が飛んできた。
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