５５話　シルファの生まれと現在

「えっと……」

　年下の子に頭を撫でられて癒やされるって、俺、どんだけ癒やしに飢えていたんだろう……？

　なんというか、冷静になると、とても恥ずかしくなる。

　以前、アリスにもこんな感じに癒やされたことがあるんだけど……

　なんでみんな、ここまでしてくれるんだろう？

　ふと疑問に思い、シルファに聞いてみると、

「ハルは、甘やかしたくなるオーラがあるよ」

「え、なにその謎オーラ」

「ハルを見ていると、いいこいいこしたくなるの」

　俺、変なフェロモンでも出ているのかな……？

　ついつい真剣に悩んでしまうのだった。

　その後も、シルファと他愛のない話を続ける。

　主に俺のことを話して、のんびりとした時間を過ごす。

　それはとても楽しい時間で……

　眠くなるどころか、逆に目が覚めてきた。

「次。ハルの苦手なこと、戦闘においての弱点を聞きたい」

「なんでそんなことを聞きたいんだ……？」

「なんとなく」

　無表情だから、なにを考えているかわからない。

「そうだ。それよりも、シルファのことを聞かせてくれないか？」

「シルファのこと？」

「出会ったばかりで、まだ詳しいことはなにも知らないからさ。せっかく一緒に旅をしているんだから、もっと仲良くなりたい、って思うし……だから、よかったら聞かせてくれないかな？」

「んー……」

　珍しく、シルファは迷うような顔になる。

　話をするのがイヤというよりは、戸惑っているみたいだ。

「ハルってば、珍しい人なんだね。今まで、シルファなんかに興味を持つ人、まるでいなかったよ」

「そうなのか？」

「うん。シルファは、やるべきことをやるだけで、それ以外のことはなにも求められていなかったから」

　やるべきことって、なんだろう？

　殺し屋だとしたら……殺しの依頼？

「なにも求められていない？　それは……期待されていないとか、そういうこと？」

「そんな感じかな。シルファは仕事だけをしていればいい。他は必要ない。そんな感じ」

「なんでそんなことに……」

「シルファはいらない子だから」

　プラスにもマイナスにも感情が揺れることはなくて、シルファはなんてことない話をするように、淡々と言葉を並べていく。

　シルファの父親は、とある貴族だという。

　しかし、母親はその貴族の妻でもなくて、愛人でもない。

　ただの娼婦だという。

　シルファの母親は、とても高い値で売られている一流の娼婦だ。

　その美貌に寄せられて、貴族は彼女を何度も何度も買う。

　その結果……娼婦はシルファを身ごもった。

　子供を宿した娼婦に価値なんてものはない。

　シルファの母親は体を売ることができなくなり……

　そしてまた、貴族もシルファの母親に対しての興味を失った。

　ある意味で、母親はシルファを身ごもったことで全てをなくした。

　その恨みが我が子に向けられることになってしまい……

　シルファは生まれることはできたものの、すぐに捨てられてしまった。

　父親にも母親にも望まれることなく、生まれてきた。

　誰にも求められていない。

　故に、シルファはなにも期待しない。なにも求めない。

　だって、自分は求められていない存在なのだから。

「うっ……くぅ……」

「ハル？」

　気がつけば涙がこぼれていた。

　安い同情だと言われるかもしれない。怒られるかもしれない。

　それでも、シルファの出生を聞いて、自然と涙がこぼれてしまった。

「どうして泣くの？　どこか痛い？」

「そうじゃ、なくて……シルファのことを考えると、辛くて……俺になにができるってわけじゃないけどさ、なにもできないけどさ……それでも……それでも……辛いよ、こんなこと」

「……」

　シルファは目を大きくして驚いていた。

　普段、無表情であることを考えると、そんな顔はとても新鮮だ。

　ふと思う。

　シルファがいつも無表情なのは、両親の愛情がないからなのかもしれない。

　求められていないと感じて、自分の存在価値を見つけられなくて……

　そんな空虚な日々を過ごしていたから、だから、心が麻痺してしまったのかもしれない。

　楽しいこと、辛いこと……色々な感情を受け止める器が壊れて、なくなってしまったのかもしれない。

「なんだろう？」

　シルファがこてんと首を横に倒した。

　不思議そうな顔をして、それから胸元に手を当てる。

「よくわからないけど……ハルを見ていたら、胸が変な感じ」

「え？　い、痛いとか……？」

「ううん、そういうのじゃないよ。なんていうか……ぽかぽかするの」

　そう言うシルファは、やはり無表情。

　でも、なぜだろうか？

　俺には、シルファがとても温かい顔をしているように見えた。

「ねえ、ハル」

　シルファがぐいっと距離をつめて、顔を寄せてきた。

　吐息が触れ合うほどに近い。

　恥ずかしいのだけど、でも、不思議と離れる気にはならない。

「もうちょっと、ハルの顔をよく見せて」

「……男の泣き顔なんて見ても、仕方なくない？」

「そんなことないよ。今のハルを見ていると、すごく不思議な気分になるの。これ……悪くない感じだよ。でも、よくわからなくて……だから、どういうものか確かめたいの。ハルを見ていたら、よくわかるかも」

　じーっと見つめられる。

「……」

「……」

　火の番をしているはずなのに、俺達、なにをしているんだろう……？

　疑問に思いながらも、シルファの好きにさせる。

「んー……」

「わかった？」

「わからない」

「あ、そうなんだ……」

「でも……やっぱり、ハルを見ていると胸がぽかぽかするよ。今までに感じたことのない、不思議なもの。これ……よくわからないけど、大事にしないといけないような気がするの」

　俺はシルファじゃないから、確たることは言えないけど……

　なにかしらの刺激によって、シルファの凍てついた心が温もりを取り戻そうとしているのかもしれない。

　その兆候が現れているのかもしれない。

「そうだね。それは、大事にした方がいいと思う」

「ハルも同じ意見なの？」

「ああ。それはきっと、シルファにとってかけがえのない宝物になると思う」

「……うん。ハルがそう言うのなら、大事にするね。どうしたらいいか、よくわからないけど……この感覚を忘れないように、しっかりと覚えておくよ」

　もう一度、シルファは己の胸に手を当てた。

「ハル、ありがとう」

「俺は特になにもしていないけど……」

「そんなことないよ。シルファのために泣いてくれた。それは、誰にでもできることじゃないと思うよ。ハルだからこそ、できたことだと思うの。だから……ありがとう」

「……あ……」

　そう言うシルファは……わずかにだけど、本当に少しだけだけど……

「ん」

　優しい笑みを浮かべていた。