551話 信じてほしい
「……」
元の姿に戻った神様は、しばらくの間、無言だった。
己の胸元に手を当てている。
新しく知った感情と記憶の整理を行っているのかもしれない。
ややあって、こちらを見る。
「あなたに教えられたもの……これが、人間の可能性なのですか?」
「うん。俺は、そういうものがあると思っているよ」
「人間は弱く、醜く、脆く……でも、強くて綺麗でたくましい。二面性を持つ……いいえ。それ以上の多面性を持っていて、簡単に理解することはできない。それなのに、私はこうと決めつけていた。可能性を信じることはなかった」
デミウルゴス……神様からは、すっかり敵意が消えていた。
ただ、まだ雰囲気は硬い。
困惑している……
というか、迷子になった子供のように見えた。
「私は……まだ信じられません。私の手を離れて、無事に生きていけるのか? それを信じて、送り出すことが……できません。どうしたらいいと思いますか? どうしたら、この感情と記憶を信じることができるのですか?」
「それは……」
少し考えて。
小さく笑いつつ、答える。
「不安があるのは当然のことだよ。そして、その不安を全部消すことはできないと思う。納得したとしても、心のどこかで不安が残ると思う。消えないものなんだよ」
「それでは、私は……」
「それでも送り出すんだよ。いってらっしゃい、って。笑顔で」
神様は、目を大きくして驚いた。
そんなことでいいの? と、疑問に思っているみたいだ。
でも、世の中にある疑問に対する答えなんて、案外、そんな単純なものだ。
簡単なものでいい。
そういうものに限り、意外と的を得て……
真実にたどり着くことができる。
「そういうもの……なのですか」
「すぐに実感は湧かないと思うけど……でも、なんとなくでもわかるよね?」
「そうですね。はい……その通りですね。あなたに教えられた今ならば、いずれ、理解できると思います」
そう言うと、神様はすぅっと右手を挙げた。
アリスやレティシアは警戒するものの、俺は気にしない。
「今、天使達に戦闘停止命令を出しました」
「そっか、ありがとう」
「それと……あなたの仲間達は無事のようです」
ナイン。
サナ。
シルファ。
みんな、うまくやってくれたみたいだ。
信じていたけど……
でも、本当に大丈夫かな? という不安は拭いきれない。
無事ときいて、ほっとした。
「もう一度……話をさせていただいても?」
「うん、もちろん」
「ありがとうございます。今なら、以前以上に、建設的な話ができるかと」
「そうだね。きっと、そうなるよ」
神様は人が変わったみたいに落ち着いて、そして、物分りがよくなっていた。
きちんと人間のことを『知る』ことができたからだろう。
いくら強い力を持っていたとしても。
いくら優れた知識を持っていたとしても。
それだけで人間を知ることはできない。
理解することはできない。
直接話して、接して……
たくさんの経験を積まないと、無理なんだ。
なにもわからないまま。
そう考えると、俺の旅は意味があったんだと思う。
色々なところに寄って。
色々な人と話をして。
そうすることで、俺は、人間として成長することができた。
神様を説得するだけのものを手に入れることができた。
うん。
本当に、良い旅だったと思う。
「ありがとう」




