545話 迷い、迷われ
「体のコントロールを渡せ」
「えっ、それは……」
唐突な提案。
いや。
再び魔王が出てきた時点で、こうなることをどこかで予想していたかもしれない。
「貴様ができないというのなら、我がやる。元々、これは我がやるべきことだ。他人に任せるべきではないな」
「でも……」
「心配するな。そのまま貴様の体を奪い取るつもりはない。戦いが終われば、再び貴様にコントロールを戻そう。いつしか、魔人を相手にした時のようにな」
ミリエラ……フラウロスの時のことを言っているのだろう。
確かに、あの時は元に戻ることができた。
魔王の言葉に嘘はないと思う。
「貴様にできないことを我がやる。利用すると思えばいい」
「……」
「後は任せる。そう、一つ願うだけでいい。さあ、決断をしろ」
魔王に迫られて、
「……それはできないよ」
俺は首を横に振る。
同時に、答えを見つけることができた。
「我を疑うか?」
「そういうわけじゃないよ。信じている、というか……こんなつまらない嘘はつかない、って思っている」
「ならば、なぜ?」
「ここまできて、他人任せにすることはできないよ」
それは逃げているのと同じだ。
辛いから。
苦しいから。
どうすればいいかわからないから。
だから、押し付ける。
そんなことはしたくない。
神様と会うこと。
その行いを否定すること。
そこに至るのは、魔王の影響があったかもしれない。
でも、最終的な結論を出したのは俺の意思だ。俺の判断だ。
「最後まで責任を持つよ」
「そんな状態で可能なのか?」
「やるよ」
正直なところ、まだ迷いはある。
それでも。
「前に進むって、決めたから。そのことを思い出したから」
「ふむ……まあまあ悪くない顔だ」
「ありがとう」
「一つ、助言をしておこう」
魔王が一歩、後ろに下がる。
「迷いを抱いたとしても構わない。むしろ、それは当然のことだ。人間なのだからな」
「まるで、自分は迷わないみたいな言い方だね」
「当たり前だ。我はもう、とっくの昔に人間を捨てている」
「そっか」
「迷ったとしても、前に進む。がむしゃらにあがいてみせる……それが大事だ」
「うん、覚えておくよ」
足を止めることなく、前に進んでいく。
そんな、ひどく単純な答え。
でも、そんなものだろう。
大事なものはシンプルで……でも、いざ達成するとなると、とんでもなく困難なものだ。
「ではな」
魔王の姿が薄れていく。
こうして再び話ができたのは奇跡のようなものだろう。
本来、魔王の魂は、力と知識と記憶を受け継いだ時に消えていた。
言葉を交わすことはできないはずだった。
でも、今はできた。
偶然か必然か。
それとも奇跡なのか。
「まあ、どれでもいいか」
「なんだ?」
「こんな形で、こんな内容だけど……もう一度、話をすることができてよかったよ」
「ふん」
ずっと俺の中にいた存在。
それは、言い方を変えれば俺の半身のようなもので……
そして、友達のようなものだ。
「さようなら」
「ああ、さらばだ」
別れを交わして……
そして、俺は現実に戻る。




